カーク・ダグラス 102歳
「ママン! ママン! ちょっと!」
「なによ、出て行く船を呼び戻すような大きな声で、お隣さんに迷惑やで」
「カークがな、カークが」
「なによ、カークて」
「カーク、知らんか?」
「食べるもん?」
「まあ、食べよう思て食べれんこともないが、普通は食べたい思わへんで」
「そやからなんやのん訊いてるやろ」
「人の名や」
「名前。それならそうと早よ言いいかいな。知ってるよ」
「知ってんのか」
「賀来千香子やろ」
「ちゃうちゃう、外人さんや」
「だれよ」
「カーク・ダグラス」
「あのカークダグラス。言うたらマイケルのお父さん」
「そうそう、言わいでもマイケルのお父さんや」
「それがどないどないしたん? もうとうに、居てはらへんのやろ?」
「いや、おれもそう思てたんや。ところがどっこい、元気で居てはったんや」
「古い人やで」
「骨董品みたいに言いな。カークに叱られんで」
「おとーさんあんた、さっきからカークカークて友達みたいに言うてるけど、知り合いでもないのに」
「そらそうや。でもおれはふるーい付き合いや思てるんで、ファーストネームでよんでるんや。あかんか」
「あかんことないけど、なにがファーストネームやのん、いちびってからに」
「いやあ、おれもな、とっくに亡くなってはるもんとばかり思てたんやけど、テレビでな、102歳で元気でいてはるいうんを観て、思わず立ち上がって拍手したで。スタンディングなんとかいうやつや」
「知らなんだら、言ーな」
「さすが、スパルタカスやな、思たな」
「アゴんとこに、キリで突いたみたいなんがあったやろ」
「そうそう、あれがあの人のトレードマークや。それと、タカとかワシみたいな目ェやな。西部劇やったと思うけど、カークダグラスを捜し回ってるやつが訊くんや、ここにこんな凹みのあるやつ知らんか、いうてな」
「おとーさん、映画たくさん観てんの?」
「いや、そんなには観てない。だいたい西部劇やけど、バート・ランカスターがワイアット・ワープで、カークがドク・ホリデイやった『OK牧場の決闘』が印象にあるくらいかな」
「そう、けど102歳とはすごいね」
「そやろ。死んだ人が生き返ったような気ィしたわ」