失敗作? 映画『赤ひげ』
「どうもいかん! 失敗作に思えてきた」
「なんの話?」
「映画、観たやろ?」
「最近、映画観てないよ?」
「テレビ、BSでやったん観たやろ」
「観たけど、なんの映画?」
「赤ひげ」
「観たよ。おとーさんも楽しみにしてたやないの」
「うん。そらそうやけど、ちょっといろいろ考えた」
「どんなこと?」
「ちょっと、付いていかれんというか、若いときみたいな気持ちにはなれんかった」
「なに言うてんのおとーさん。いい映画やないの、泣いたわ。おとーさんかて泣いてたやないの」
「いや、悪い映画やいうてるんやないで。おれかて場面場面で涙出たんやけど、やっぱり若いときとはずれがあるな」
「おとーさんやで、黒澤黒澤いうて、結婚する前のこと憶えてるわ」
「どんなことや?」
「県民会館であったこと」
「県民会館て兵庫県の?」
「そう。そこで『椿三十郎』があるゆうて一緒に行ったんやけど、恥ずかしかったわ」
「忘れてるわ」
「あれ、女の人連れて行く映画やないで。あのころはなんもわからんかったんで付いていったけど、いまやったらそれっきりやな」
「それっきりてなんやねん?」
「別れてる、いうこと」
「そんなにひどい映画か?」
「まあ映画のことは『ああ、この人はこんなんが好きなんやなあ』と理解するけど、あとがあかんかったな」
「あとて、なんやねん?」
「なんや知らんけど、映画終わったあとに『天皇陛下バンザーイ!』いうて、何回かバンザイさせられたやないの。あんな恥ずかしい思いしたんないわ」
「思い出した思い出した。あれ、主催者が右翼団体やったんや。いやあ、おれもびっくりしたけどな」
「『赤ひげ』、失敗作ちゃうかて、わたしにはわからんけどどんなとこがそーなん?」
「一言でいうと、語り過ぎやな思うんやけど」
「けど、言わんとわからんとこ、よーけあるやろ?」
「うん、そらそうや。けど観てて気になりだすとよけー気になって、耳に障るんや。これ若いとき黒澤黒澤いうて観た目と、70過ぎて観た目の違いかな思うんやけどな」
「観てて気になったとこて、どこなん?」
「おじいさんがガンで亡くなるやろ。それを知った娘、というてもええ歳やけど、根岸明美いう女優さんやあれな、それが、一所懸命過去のあれこれを三船敏郎の赤ひげに告白する場面とか、赤ひげがやくざもんの何人かをひとりでやっつけて、腕とか脚とか折れたり、顎外れてひーひーいうてるやつを見て『これはひどい』とか『医者ともあろうものがこんなことをしてはいけない』とか、加山雄三に言うんやけど、これ、最初観たときは胸がすーッとしたもんんやけど、いまはどうも、語り過ぎちゃうかな、そう思てしまうんやな。他にもあるけど、まあ、これが黒澤映画やいえば、そうやけど、とにかくエネルギーが全然、桁外れてるからな」
「言われても、わからんわ」
「いやあ、おれも深う考えて言ってるわけやない、そんな気ィするいうだけの、無責任なことやけどな。ひとコマひとコマ、ワンシーンワンシーン積み重ねて、確認して納得して映画は出来上がるんかなと思うんやけど、出来上がったもんを観て、『なんかちゃうな?』と黒澤さん思たんちゃうか? そう思て、失敗作かな? 思うたんや」
「言われても、わからんわ」