国民栄誉賞
「断ったな。いらん言うて」
「なんの話?」
「イチロー断ったやろ?」
「引退のこと?」
「いや、引退やのうて、知らんか? 国民栄誉賞」
「ああ、あれ。くれるんやったら、もろといたらええのに」
「いやあ、もらわんほうがええ。さすがイチローや」
「なんでえ?」
「なんやしらんけど、『褒めてつかわす』みたいな上から目線で、『国がくれるいうんやから、ほんまはいらんのやけどもろとこか』みたいな、忖度までするんやったら、いらん、はっきり言うたほうが気持ちええと思うで」
「なんもそこまでひねくれて考えんでもええんとちゃう」
「そうかもしれんけど、もう2度も断ってるんやで。そのたびごと、イチローもなんやかや言い訳してるけど、ほんまは『いらん、いりません』言うてんねや。国もそれ分かってる思うけどな」
「イチローのことはわからんけど、おとーさん、もっと素直になりや、嫌われんで、知らんけど」
「そう思てる思うで。気持ちは『もらう理由がない』そない思てる思うで」
「そうかなあ? 理由ははっきりしてるんやろ?」
「なんとか言うてたな。大リーグでの活躍が多くの国民に感動や喜びを与えたとか、青少年に夢と希望を与えたとか、デコレーションケーキの上に生クリーム足したみたいなこと」
「そやろ。立派な理由やないの。素直にありがとう言うたらええのに」
「イチローはそうや思てないと思うで。『ぼくには、じんぼーがない』言うてるくらいやからな。これが国が言うみたいに、国やのうて、国民が『イチローさん有り難う、元気もらったよ』言うて、なんか賞を贈るんやったらイチローも『おおきに、もらうわ』言うかもしれんけど、上から目線で『褒めてつかわす。国民栄誉賞を与える』、そんな感じを、どうしても感じてしまうんやな」
「おとーさん、そんな人や思わなんだわ。なんでそこまでひねくれて考えなあかんの、歳やねんから、素直になり!」
「そうかもしれんけど、思てしまうもんはしょうがないやろ」
「わたしのこともいろいろ気ィまわして、あれこれ考えてんのとちゃう?」
「なに言うてんねんな、ママンのことはいつも感謝感謝、いつも見えんとこでは手合わせてんねんで」
「あきれるわ。イチローになったつもりであれこれえらそうに言うてるけど、おとーさんがもし、国民栄誉賞くれる言うたら喜んでもらうやろ」
「もらわんな。もらう理由がないやろ」
「そやから、仮によ」
「もらわん、絶対や」
「もらうに決まってるやん。何年いっしょにおる思てんの」
「人をポチみたいに言うて」