ヒゲの心配
「爺様(じさま)が言うんや」
「なんて?」
「『ひげの心配をして、どうするだ』いうてな」
「なんのこと? どういう意味?」
「『七人の侍』で村というか集落というか、爺様と呼ばれている長老がおるんやけど、この人が言うんや」
「なんて言うの?」
「『首が飛ぶというのに、ヒゲの心配をしてどうするだ』いうてな」
「意味がわからんわ」
「ママンも観たやろ、七人の侍」
「観たよ。暗い映画や」
「面白かったやろ?」
「あんなん苦手や」
「まあ、男の映画やからな」
「どういう意味なん?」
「なにが?」
「ヒゲの心配が、どないしたん?」
「そうそう、その話しよ思てたんや。忘れよった」
「頼むで。頼りは、おとーさんだけやで」
「なに言うてんねん、ママンのぬくもりで生きてるのに」
「もうええから。もう聞くのやめとこか?」
「お待ちくだされ、みょうしん殿や。聞いて」
「はよ、言い」
「集落を盗賊が襲うんはママンも知ってると思うけど、そこで盗賊対策としてサムライを連れてきて守ってもらう、ということに決まる。ところが年頃の娘のおる父親は盗賊の心配より、娘がサムライに変なことされへんか、それが心配という話やけど、そこで言うんや爺様が、『首が飛ぶというのに、ヒゲの心配をしてどうするだ』いうてな」
「はっきり憶えてないわ」
「ところが皮肉なことに、そうなってしまうんやな」
「だれとだれ?」
「ああ、憶えてるわ。おとうさんに髪の毛じょんじょん切りにされた娘が山んなかで花摘んでるとこ」
「そうそう、そこへ木村功の若侍が来て、津島恵子はアタマじょんじょん切りにされてるから、勘違いするんやな、男やと」
「そやったそやった」
「木村功が、若い男が花なんか摘んで、どういうことだと怒るんやけど、自分も手に梅の枝を持ってるいう落ちやけどな」
「ハハハ、そう、そうやったね」
「逃げるんや、村娘が」
「追っかけてね」
「馬乗りになってもみ合うてるうちに、女いうんがわかるという流れやな」
「首が飛ぶのと、ヒゲの心配と、どう繋がんの?」
「例え話やからな」
「例え話?」
「そう、盗賊が襲うて命が危ないのに、怪我の心配してるようでどうする、いう意味やな」
「そういうことか」
「そう、そんなことって結構あるんとちゃうか。気づかんままに。『へぼ将棋王より飛車を可愛がり』いうやろ」
「なにそれ?」
「将棋の話。王手飛車取りという手があるんやけど、一番大事な王さんを逃がさなならんのに、飛車を逃がすにはどうしたらええか王さんほったらかしで考えるいうやつやな」
「目先のことしか考えてなかったら、そうなるんやろな」
「後悔先に立たず、いうやつやな。歳とるとこいつが積もり積もって、これがカネなら大儲けなんやけどな。笑うやろ?」
「笑われへんわ。わたしのことも考えて」