勝利の女神
「ザンネンッ!」
「ザンネンッ! っておとーさん、勝ったんやろ?」
「あかん、負けた」
「負けたて、あれだけ点取ってたのに。また負けたん、巨人に」
「なんや、タイガースかいな。タイガースは勝ったわいな。スガノ叩いて13点、ケチョンケチョンにやっつけた」
「そーやろ。ファンは大喜び、してるやろ」
「トーキョーで六甲颪し、涙ながしながらガナッテるやつ、いてるかもな」
「タイガース勝ってなにがザンネンなん? ハハーン、さてはおとーさん、隠れなんとかとちゃう?」
「いや、そやないねん。おれが残念言うたんはそーいうことやないねん」
「どーゆーことよ?」
「朝な、6時前に目が覚めてな、テレビ点けたんや。大リーグやってるかも知れん思てな」
「やってたん?」
「うん、やってた」
「大谷、出てた?」
「うん、それや」
「どやったん?」
「テレビ点けたらちょうどな。9回表ツーアウト満塁、そこで3番指名打者オオタニさ~んや。なあ、どーする」
「なんやのん、起こしてくれたらよかったのに」
「いや、おれもな、起こそかなー思たんやで。けどママン、血圧高いやろ。あんな場面でなんぞあったら救急車やからな」
「まあなあ。お医者さんにボクシング観るの禁止! 言われたからな」
「そやろ。観てたらな、大谷、こわい顔してるんや。こらアカン、思たな。いつもの打席の顔とちゃうんや。9回表ツーアウト満塁7対8、1点差で負けてんねん。だれかて自分がなんとかせなあかん思うやろ。大谷やで、チームも期待するがな。けどな、思たんや、アカンかー? 打てるかなー? 思たんやけど。残念! というわけや」
「そら、おとーさんやのうても残念やけど、なんでおとーさん、こらアカン、思たん?そんな気がしたん?」
「あんな場面、だれかてオレがなんとかせなアカン、したるわ、そう思うやろ。けど思たらアカンねん」
「なんであかんの? 観てるもんでもそー思うのに、オータニやったらよけーそう思うやろ」
「そうや。そこが落とし穴や」
「落とし穴?」
「そーや、落とし穴や。打と思うたらアカンねん。無心にならんとアカンねん」
「ムシンになるて、それなに?」
「無心になった選手のええ例があるやろ、イチロー」
「イチローがいつ? いつのことよ?」
「ワールドベースボールで最後の試合、優勝賭けて韓国と対戦したときのこと、憶えてないか?」
「まあテレビでも思い出したみたいにやるんで、知ってるいうたら知ってるけど」
「あのときのイチロー、前半戦何試合もボロボロやったんや。それが最後の最後のあの場面や。あのときのイチローの顔、憶えてるか?」
「言われてもなあ? わからん」
「いつもと一緒の顔、顔にも身体にも妙なチカラは入ってなかったんやろな。あれがヒットにつながったんやと、おれは思う」
「それがムシン、いうこと?」
「そう。おれのチカラでヒット打とうと思てもアカン。こういう場面は女神さんに頼るしかない。言やあ『女神さん、あとはよろしゅうお頼み申します』ちゅうことや」
「ほんまかいなー。信じられんわ」
「ところがオータニの場合はな。おれがなんとかせなアカン、それが顔に表れてコワイ顔になってたやろ? そうか、ママンは観てないわな。勝利の女神さんは女神やで、オンナの神さんや。コワイ顔はきらいやねん。オータニ若いから、しゃあないけど」
「オータニもいつものやさしい顔やったら、勝利の女神に助けてもらえた、そういうわけ?」
「そう」
「おとーさんも、機嫌よーせんとアカン、いうことやね」