どー考えても、わからん
「ママン。小説のハナシやけどな」
「うん。小説のハナシ?」
「そー。『蜘蛛の糸』ゆー小説、知ってるやろ?」
「知ってるよ。ガッコで習ったと思う。だれやったか?」
「芥川龍之介」
「そーゆー名前やったかな? 聞いた気ィするわ」
「そのハナシのなかのことやけど、どーしてもわからんことがあるんや。ストーリー知ってるか?」
「どんなんやった?」
「お釈迦さんがな、地獄におるカンダタいう名前の男を助けようとするハナシや」
「ああ、そう。糸かなんか垂らすやつやろ」
「そーや。まだ生きてたころのことやけど、悪いことならなんでもかでもやりつくしたよーな大悪人なんや、カンダタは。いわば悪のデパートや、カンダタはな。そんなヤツがなに思うたか、一匹の虫を踏み潰そーとして『待て待て』思ーてやめたんや。まあ、助けた言えば助けたことになるんやろけどな」
「地獄いうたらそんなヤツよーけおるやろにな。なんでその男だけなんやろ、お釈迦さんは」
「おれにもわからん?」
「おとーさんがわからんゆーんはそのこと?」
「いや、これもわからんのやけど、わからんのはまた別や」
「どんなん?」
「血の池地獄やったかな、カンダタの鼻先に1本のクモの糸がスルスルと下りてくるんや。『シメタ!』てなもんや。極楽への片道キップが手に入ったよーなもんや。手でつかんでスルスル上り始めたんはえーけど、途中で下見たらよーけヒトがついてきてるんや」
「そらそーやろ。わたしかてそこにおったらそーすると思うわ」
「そやろ。おれかて。そこで『アカンアカン、おれは罪を犯して地獄に落とされたんや。ここはガマンのしどころや』そんな冷静なやつ、そーおらんで。おったらそんなヤツ、ゴクラク行ってるわ」
「そー思うよ。まだ出らんの? わからん、いうんは」
「そろそろ出そか。ここまでで742文字やからな。おれがわからんゆーんはな。お釈迦さん、クモの糸垂らすまえから、この結末わかってた思うんや。お釈迦さんともあろうヒトがやな、糸がプツン切れて、元の木阿弥、皆がドッボーン! 血の池に落ちてハイ一巻の終わり、いうんがわからんはずない思うんや。おれがわからんゆーんは、そのことや」
「わかってたはずなのになんでクモの糸垂らしたか? いうこと?」
「そーそー、そーゆーこと」
「なんでやろ?」
「思うやろ?」
「思う。思うけど・・」
「思うけど、なに?」
「いや。お釈迦さんゆーても、もとはニンゲンやろ?」
「そらそーや。おぎゃーゆーて、かわらんよーに産まれはったんやろな」
「それやったら、しゃーないかもしれん」
「どーゆーこっちゃ?」
「わたしらしょっちゅう間違いだらけやけど、お釈迦さんかてもともとニンゲンやったら千にひとつ、万にひとつの間違いはしはるんとちゃうかなー思て」
「なるほど。そーくるか。ないことはないわなー。もともと、ニンゲンやからな」
「こーぼーも筆の誤り、サルも木から落ちるや」
「サルも木から落ちる、か」