人間失格
「つくづく思うな」
「なにを?」
「自分のこと」
「自分のことて、なに?」
「人間失格、いうことや」
「なんでそんなこと、今ごろになって言うの?」
「来年の2月には75の後期高齢者やからな。そろそろ自分の過去を総括して、おれはこういう人間、いやいや、失格言うたんやから人間やないのかもしれんけど、まあ、姿格好だけは人間やから人間にしとってもらうけど」
「ということは、わたしは人間失格者と結婚したということやな」
「まあまあ、結果的にはそういうことになるな」
「なんでそれを早よ言うてくれんの。結婚する前に言うてくれたら考えたのに」
「そらあ無理や」
「なんで無理なん」
「そらあ無理やがな。そんときゃ、自分のことそう思てないもん。いまやから言えることやからな」
「なんやしらんけど、もやもやするわ。詐欺に遭うたような」
「そらもう、ママンにも子供にも親として夫として『ごめん、すまん』と謝る以外どうにもこうにもならんことやけど、そしてこれは、おれは長男やからな、お父っつぁんおっ母さん、弟妹にも、ごめんすまなんだと謝らんとしょうがない。情けない話やけどな」
「ようそんなこと。おとーさん、いまごろになったずっこいで」
「そうやろ思う。言うてておれかて勝手なこと言うてるなあ思うけど、もう言うてもうたからな」
「なんやいな。そんなこと言われたらなんにも言われへんがな。失格言うたなあ、おとーさん。そしたら自分のこと点数で何点つけられるの。失格やったら0点やで」
「そういことやな。自分では点数のことまでは考えてなかったんやけど、言われてみりゃ0点やな、失格やから。失格の反対はなんやろ?」
「失格の反対? なんやろ? ・・・合格?」
「合格? 合格の反対は、落第やろ」
「そうやねえ、落第か。ええこと思いついたわおとーさん。どうしても失格やいうんやったらそれでええけど、まあこれまでご飯食べてこれたから、失格やのうて落第にしとったるわおとーさん。おとーさんは人間落第や」
「落第にしとってくれるか、ありがとう」