朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-10

 さて、地獄で働く男鬼の大半は「獄卒鬼」と呼ばれております。先ほどご紹介しました馬頭(メズ)のヒン次郎はその大勢の鬼を束ねるサブリーダーで、普通の鬼とはちょっと様子が違っております。名は体を表すの喩えどおり、首から上は馬の頭という、これもまた鬼なのでございます。また、閻魔大王のすぐ近くに仕える直属の部下ということもあって、裸ではなく、スーツにネクタイという出で立ち、地獄界のエリートなのでございます。

 ヒン次郎には5歳違いの兄がおりまして、名は牛頭(ゴズ)のモー太郎、彼も弟同様鬼の仲間で、首から上は牛の頭という、弟同様背広にネクタイで閻魔大王よりリーダーを仰せつかっております。少し横道に逸れますが、この2兄弟をお客様にご紹介を申しましたついでに、彼らの父親についても少しお話をいたしましょう。名はチュン一郎と申しまして、スズメの頭をした鬼でございます。首の周囲の羽根をライオンのたて髪に似せて長く伸ばし、みずからを「ライオン丸」と称し、リーダーとして一世を風靡した時期もございましたが、今は引退、長男のモー太郎にその席を譲っております。

 現役のころは、陰では変人ならぬ「変鬼」とあだ名され、地獄の改革を閻魔大王に直訴、「地獄をぶっ壊す」などと息巻いておりました、しかし訴えは聞き届けられず、とは申しましてもどこか憎めぬ人柄、いや、鬼柄で、閻魔大王の怒りも、リーダー役を長男のモー太郎に譲って引退するという、その条件で閻魔大王の怒りも解けたのでございます。

 ついでのついでに申しますと、モー太郎、ヒン次郎の母親、つまりチュン一郎のつれあいは、ふたりの子供が成人したのを機に「変鬼」チュン一郎と離婚、現在は、三途の川の渡し守と再婚して夫唱婦随、夫が操る舟で渡って来る亡者の舟賃を徴収するという係を務めて、おだやかな老後を送っているとの噂でございます。

 さて、噺をもとに戻しますと、閻魔大王が専用の執務室へ入るとき、ドアボーイの役目をいたしますのが番卒、赤鬼の赤兵衛でございます。閻魔大王に続いてお付きのヒン次郎、そして赤兵衛と中へ入り、ドアは赤兵衛が閉めます。執務室の中にはすでに青鬼の青左衛門が室内警備のために控えておりまして、閻魔大王が大王専用の椅子に着座するのを見届けたのちに、赤・青の2匹の鬼は大王の後方左右に分かれて立ち、両手を後ろに回して重ね、不動の姿勢をとるのが決まりでございます。

 閻魔大王の背後、そこは煉瓦造りの壁になっております。地獄の窯で焼かれて煉瓦で1枚1枚、丸で囲んだ「獄」の字がデザインされております。その壁には、閻魔大王の被る帽子、これは「幞頭」(ぼくとう)と称されるもので、その帽子の真ん中五角形には大王の「王」の文字が書かれております。その被り物と、左右後方直立不動で立っております赤兵衛、青左衛門のもじゃもじゃ頭を結ぶ三角形は、一辺が同じ長さの正三角形を形作っております。その三角形を、赤兵衛、青左衛門を結ぶ一本の直線を軸にしてそのまま上のほうへ立ち上げますと、ちょうど、閻魔大王の被り物があった内角六十度の角、その位置に閻魔大王の足の親指ほどもあろうかという太い1本の鉄釘、これも地獄の窯で鋳鉄されたものですが、煉瓦の壁にその鉄釘が打ち付けられているのでございます。その釘を頼りに、畳4枚ほどの広さの縦長の板が取り付けられております。材は、樹齢1万年をはるかに超えるのではなかろうかという、起源は旧石器時代まで遡るという屋久杉なのでございます。厚さは5寸余り、重さも1噸余り、とまあ、これが屋久杉の1枚板でしたらその通りなのですが、閻魔大王といえどもさすがに手に入れること叶わず、屋久杉は表面の薄っぺらい板のみで、その裏のほとんどは発泡スチロールなのでございます。(つづく)