朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-14

「あーモシモシ、お釈迦はんでっか」

「モシモシ、どちら様でございましょうか。アッポイントはお済みでございますか」

「ナナ、なんだよこれは・・・アー驚いっちゃったよ、べらぼうめ」

 閻魔大王はびっくりするとつい東京言葉になるという、お釈迦様とは逆の現象が起きるのでございまして、

「なんだよ、参っちゃうな、聞き覚えのある声だと思ったらキー子じゃないか。キミ、どうしたんだい?」

「モシモシ、わたしの声のフアンは大勢いらっしゃいます。お名前を、アッポイントはもしお済みでございませんでしたら、これからお取りしますが、よろしかったらお名前をどうぞ」

「じゃっかわしい! なにがアッポイントじゃあ、ほんまにィ、アッポイントがなんぼのもんじゃい、このアッポ、わしや、わしや、わしやがな」

 受話器から聞こえる脳も溶かすと噂されるキンキン声が、黄鬼のキー子だとようやく理解しました閻魔大王、一時は大王の秘書も務めておりました関係で閻魔大王、ようやく落ち着きを取り戻しまして関西弁に戻ったのでございます。とは申しましても、大王といえども受話器から聞こえるキ-子の声を直に耳に当てて聞くことは出来ませんで、受話器を持った腕をいっぱい伸ばしての会話でございます。

「うけたまわりました。わしや、わしや、わしやがな様でございますね」

「チェッ! わしやいうんがわかってるくせに。辞めさしたんで、恨んでけつかる」

 と小声で言ったあとに、

「ワテやがな、キー子ちゃん。久しぶり、エ、ン、マ、ダ、イ、オー。大王ちゃんやがな」

「まあ! これはこれは、大変シッツレイをいたしました。キ、キ、キー。ご無沙汰をいたしております。大王様、イヤですわ、ホホホ。それならそうと。オ、モ、テ、ナ、シみたいなおっしゃりかた。あのかたは今はもう・・」

「ゴメンね、キー子ちゃん。あの方はどーでもええさかい繋いでちょうだい、特急で、お釈迦はん、お釈迦はん」

 かしこまりました、ということで、お釈迦様が電話にお出になります。

「もしもし、釈迦です。聞いておりました。閻魔くんですね。なにかわかりましたか?」

「びっくりポン! でんがな、お釈迦はん。なんでんねん、キー子いてまんがな。なにかあったんでっか」

「いやいや、辞めたとあなたから聞いたので、ちょっと可哀想になってね。それにキー子くんの声は最初はびっくりするが、馴れてしまうと案外、これがホホッ、いいもんでな。それならばと、しばらくわたしのそばにいなさいと、ホホッ、こういうことだな」

 なにがホホッ、こういうことだな、と心で思いながら閻魔大王、おまけに、キー子がいまお釈迦様のところにいるのかと思うと、辞めさせたのが少し惜しいような気がして

「まあ、辞めてもろたんでっさかい、何も言うことはないんでっけど・・・」

 とは言いながらも閻魔大王、心のうちでは、キー子を辞めさせたのが急に惜しいような気がいたしまして、もともと、まんざらでもなかったキー子をクビにしたのはあの声のせいだったのですが、お釈迦様が先にその声の魅力に気がつかれ、自分がそれに気づかなかったことがなんともうらめしく、そのせいか、急にキー子の声が生き生きと弾むように感じられ、なにかもったいないことをしたという後悔の念が、閻魔大王の心に湧いてきたのでございます。

しかし、電話口で待っておられるお釈迦様を自分の妄想のためにいつまでお待たせするわけにもいかず、

「そうそう、お尋ねの、あぶなー、忘れるとこやった。お尋ねの主がわかりました」(つづく)