朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-15

 閻魔大王、お釈迦様に繋がる電話の受話器に向かって話しております。芥川龍之介のあれこれを、閻魔帳を目の前にして話しておりますうちに閻魔大王の頭に、そのときの記憶が徐々に蘇ってまいります。

 死んで、亡者となった芥川龍之介閻魔大王の裁きの場に連れてこられたときのこと、それがどんな状況だったのか、普通大概の亡者はと申しますと、ほとんどがぞろぞろ、人気のラーメン店などで人々が並んで開店を待っている、あれを想像して戴ければ結構ですが、もちろん生きている人達の服装はそれぞれ自分の好みで結構なのですが、しかし亡者となるとそういうわけにもいかず、皆お揃いの白い着物に、額には白い三角の布きれ、三角頭巾というんやそうですが、それを着けるのが決まりとなっております。

 さて芥川龍之介ですが、閻魔大王の前に連れてこられたときの状況を申しますと、まったく自分では歩くことは出来ず、担当番卒の白鬼、黒鬼の2匹に両脇を抱えられ引きずられて来たのでございます。

 それは芥川龍之介が怖がりで閻魔大王の前に出るのが恐怖でそうだったわけではなく、それはもう死んだように深く深く眠っていたから、にほかなりません。白黒のコンビ2匹の鬼が龍之介の両腕持って互いに引いたり押したり起こそうと試みるのですが、頭も身体もがくがくぐらぐら、コンニャクのように揺れるだけで、埒があきません。これ以上強く引っ張りますと力自慢の鬼のことですから龍之介の腕が抜けるやもしれません。揺すっても駄目、たたいても駄目いうことで白黒2匹、ほとほと困っております。

 芥川龍之介と申しますと皆様ご存じのように、国語の教科書などでその顔写真などご覧になったことと思いますが、痩せて、いかにも神経質体質という弱々しい印象でございます。もうこれ以上、手荒なことをすれば大変なことになる、死んでしまうかもしれない、いやいや、もう死んでおりますから「007」みたいに2度死ぬことはないのですが、これでは尋問どころではございません。仕方なく閻魔大王は尋問を中止しまして、デスクの上に鎮座まします目の前の水晶玉、憶えておいでですか? わたくしもよく忘れますのでここ、この紙に書いてございますが、「浄玻離鏡」という水晶玉に龍之介の生涯を写し出して、その罪の軽重を判断、どこへ送るのが適当か決めようというわけでございます。

 芥川龍之介と申しますと、これはもう何度もお話するまでもなく、皆様よくご存じの有名な小説家でございます。いくつもの作品が小・中・高と、学校の教科書に載っていて、ご承知のとおりでございますが、もちろんこれは、成長過程にある子供の心に人間としてどうあるべきかを教える教材として選ばれた作品なのでございますが、何事にも裏と表、表裏一体と申しますように、すべてがいいということはございません。

 小説でございますから、読む側、受け手によってはその人の心、つまり人身を惑わすというマイナスの一面もございます。これは小説家という職業柄仕方のないことですが、もちろんその何倍にも増してプラスの面が多いということで教科書にも選ばれているわけですが、水晶玉はそのよい面だけで判断をいたしません。

 芥川龍之介の生涯すべてを写し終えた水晶玉を目の前に、腕組みをしながら閻魔大王は、どこへ送るか思案をしております。そこへ、龍之介を引き連れてきました番卒の白鬼がまいりまして、なにかしら閻魔大王に耳打ちしたのでございます。白鬼のゴニョゴニョに目を伏せて聞いておりました閻魔大王、聞き終えますと伏せていた顔を上げ、カッと目を見開き、なにかひらめいたようにひとつ大きくうなずきますと、ドン! とひとつ、ガベルを叩いたのでございます。(つづく)