朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-16

 

 閻魔大王の判決により、なんと、芥川龍之介はカッパ、あの頭にお皿を載せたカッパでございますが、一節によりますと子供を見ると相撲を取りたがるとか、このカッパに生まれ変わって現世へとUターンが決まったのでございます。

 この結論に至りましたのは、番卒の白鬼が閻魔大王の耳元でゴニョゴニョと耳打ちした内容が発端で、正体をなくした龍之介がうわ言で「カッパ、カッパ」と言っていたと大王が聞き、それで龍之介の進路が決定した、というわけでございます。

 受話器の向こうから聞こえてくる閻魔大王のべたべたの関西弁による話を黙って聴いておられたお釈迦様が、初めて口を開きお尋ねになったのは、その龍之介カッパのその後の消息のことでした。

 カッパに生まれ変わった以上は、人間芥川龍之介の記憶はすべて消去、これからの人生ならぬカッパ生は、新しくカッパとして積み重ねられていくわけですが、まだそれは時期尚早の話で、なにせ睡眠薬というものは恐ろしく厄介なもので、大量に服用したのも禍いしてカッパに生まれ変わったあともまだ効き目が続いているという。

 こうした状態のまま龍之介カッパを現世へ戻すわけにもいかず、と申しますのも、カッパの生活の場は水中ですから、眠ったままのカッパを番卒鬼2匹が担架に載せて運び、どこかの川の水中に放り込んだとしても、睡眠薬が効いているわけですからカッパといえども溺れ死に、再び亡者となって閻魔大王の前に引き出されるのも二度手間というもの、しばらくのあいだは三途の川で水に馴れさせ、そののち、現世へ送り戻すという、以上のようなことを閻魔大王、べたべたの関西弁でお釈迦様に縷々説明したのでございます。

 ここまでお噺を勧めて参りまして、大きな間違いに気づきました。申し訳ございませんが、この噺の流れではお釈迦様が芥川龍之介に、『蜘蛛の糸』のなかで何故カンダタを助けようとしたのか? お尋ねになることができなくなってしまいます。従いまして、閻魔大王は龍之介がカッパに変身したあとも記憶はそのまま残っている、そう思っていると訂正させて戴きます。

 さてそこで、お釈迦様がお知りになりたい肝心要の、『蜘蛛の糸』という小説のなかで龍之介が、カンダタのエピソードを書いたその理由はなにか? 閻魔大王にお尋ねになります。

 あわてたのはだれでもない閻魔大王でございます。お釈迦様がお知りになりたい肝心要の要件を、まったく忘れてしまっていたからでございます。

 地獄では怖いものなしの閻魔大王ではございますが、地獄極楽の世界全体で申しますとナンバーワンはお釈迦様で、閻魔大王あわてるのは致し方のないことで、

「ハ、ハイ、そのことはいま、ま、まだ、カカ、カッパの龍之介まだ眠りから醒めてないじゃん。だからサー、困っちゃうんだよな、べらぼうめ」

 こうなるともう、電話の相手がお釈迦様だろうがだれだろうが関係がありません。話し言葉が関西弁から東京の言葉に急変するという。(つづく)