朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』ー34

 お釈迦様と閻魔大王の、キー子ちゃんについての話題も一段落をいたしまして、閻魔大王がお釈迦様へなぜ電話をかけたのか、その本題へと話は移るのでございます。

 閻魔大王はお釈迦様へ、蜘蛛の糸にまつわる一件の全容を説明申し上げ、それが解明したことを伝えます。

「それはそれは、本当に有り難う。このたびは、大王くんには随分とお世話になりました」

 閻魔大王に厚く礼をお述べになりましたお釈迦様ではございますが、こころ晴れ晴れというわけではございません。それはそのはずで、自分にまつわる蜘蛛の糸の一件が、いまはカッパに変身した芥川龍之介という者によって小説になり、おまけに学校の教科書にまで採用されて、純真な多くの子供達に読まれていることを考えると、気分は晴れるどころか、梅雨空のような暗い気分が募るばかりでございます。

 さらには、その蜘蛛の糸という小説の、言わば主役といっても過言ではないカンダタの、閻魔大王の尋問にたいする陳述のことなどに思いを巡らし、またさらには、リンリンパトロールの老人が寄越した手紙の内容のことなどを総合して判断いたしますと、どうも自分には身に憶えのないはずの、たんなる思いつきで蜘蛛の糸を使ってカンダタを助けてやろうとしたことが、自分の思い違いで本当にやってしまったのでないか? もしそうでなかったとしても、この芥川龍之介という小説家の目には自分、つまり釈迦という存在が、そのような(思いつきとはいえ)軽率な行動をするように思われているのではないか・・・・そうお思いになって、蓮池のほとりに悄然とたたずんでおられるのでございます。

 極楽においてはもっとも高い位におられるのがお釈迦様でございます。不老不死でなんの心配もないのが極楽という世界、ましてや集団的自衛権憲法9条問題、年金少子化高齢化国債の異常な積み上がりサンマの高騰教師のいじめなんでん関電ふところポッポ、春のお花見7500万、アメリカロシア韓国北朝鮮ウインウインなど、まったく縁なき世界なのでございます。

 したがいまして、この平和な世界が極楽なのでございます。とは申しましても何事にも裏と表がございます。極楽には地獄にはない退屈がございます。この変化のない平和な世界の暮らしが、考えもしないうちにいつか自分の記憶力や判断力、さらには思考力まで衰えさせたのではないか、とお釈迦様はお悩みになるのでございます。

 もし本当に、あの『蜘蛛の糸』にある通り、わたしのちょっとした出来心から、たとえそこにいくつかの偶然が重なったとしても、あのリンリンパトロールの老人が手紙に書いたように、自分の行為が非難されても仕方のないことだと・・・お釈迦様の胸の内はますます沈んでしまうのでございます。

 人間界には老人特有の物忘れ、アルツハイマー病とかあると聞くが、知らぬ間に自分もその病に冒されたのだろうか・・・お悩みになったお釈迦様はある決断をなさいます。その決断と申しますのは、初心に還り剃髪、頭を丸めようと決心、恐れ多いと尻込みする側用人親鸞上人にお命じになり、あの長い間親しまれたトレードマークの、あのたこ焼きのようなパンチパーマの髪をきれいに剃ってもらい、お釈迦様は初心に還られたのでございます。(つづく)