落語『蜘蛛の糸』-4
顔はと申しますとハワイ出身の相撲取りの元高見山、あるいは元横綱の武蔵丸か、現在で申しますと大関候補の最右翼と言われております御嶽海のような顔を思い浮かべていただけたらよろしいかと・・・知りませんけど。目はまん丸と大きく顔じゅうヒゲだらけで、それはそれは恐ろしい、泣く子も黙るなんてものじゃございませんで、引きつけをおこすほどの怖い顔でございます。ところがこの強面の閻魔大王、口から発する言葉はと申しますとベタベタの関西弁というアンバランス。とは申しましても、やはり地獄を取り仕切る閻魔の庁の最高責任者・CEOでございますから、なれなれしい関西弁だからと甘くみて調子を合わせておりますと、あとでえらい目に遭うという仕組みになっておるのでございます。
お釈迦様は受話器を通して聞こえてくる声が聞き慣れなた閻魔大王のしわがれ声だとわかりますと、用心して耳から離しておりました受話器を、あの、お釈迦様だけがお持ちという手の平ほどもあろうかという耳に戻されたのでございます。
「ああ、大王くんですか、釈迦です。ところであの、アタマのてっぺんから声を出す、あの秘書くんは?」
「へえへえ、黄鬼のキー子でっか。キー子は、えッ? お釈迦はん、キー子知ってはりまんの? なんで? ってなことはおまへんわな。はあはあ、電話で、そうでっかあ、なんにも言わんさかい、えッ? なるほど、お釈迦はんのほうから電話すると、それでもちょっと報告だけは、へえへえ、怒りまへん。そうでっかあ、お釈迦はんもあの声の犠牲に、いやいや、えらいすまんこって・・・キー子でっか? はあ実は、辞めてもらいました。顔がちょっとわての好みだったもんで人事に手ェ回して採用したんでっけど、あないなけったいな声だすとはつゆ知らずで、疲れて帰っても寝てられまへんのや。あの声が脳に響いて、黄疸になるんやないかと心配して、辞めてもらいました」
「キー子くんの声と黄疸と、なにか関係でもあるのですか?」
「いやいや、黄鬼のキー子でっさかい、それで黄疸という、ハハハ、それだけのこってっけど」
「なるほど。辞められましたか。それはどうもお気の毒でしたな」
と、どこまでも慈悲深いお釈迦様ではございますが、どこかでちょっぴり安堵されたのも事実でございます。
「ところで、今日、あなたに電話したのはほかでもない。じつはちょっと困ったことがありましてな」
「なんでんねん。お釈迦はんともあろうおかたが、困ったことなんかあろうはずがおまへんのとちゃいますの。知りまへんけど」
「そう言われると辛いが、あなたにひとつ調べてもらいたいことが起きましてな」
「なんでんねん水くさい。遠慮せんと言うておくれやす。お釈迦はんのためならたとえ血の池ハリの山」
「いやいや、そう張り切ってもろうては困るが、じつは、手紙をもろうてな」
「手紙、でっか? レターでんな。まさかラヴレターやおまへんやろな。あ、すんまへん。お釈迦はんがラヴレターもらうはずない、言うてるんとちゃいまっせ」
「いやいや、そんなことは思うてないが、なにも下唇を噛んで発音せんでもよろしい」
「ハハハハ、どうもすんまへん。つい教養が邪魔して」
「ついもついでもない。あなた、わたしの難儀がおもしろいようだが、なにか気に障るようなことを言いましたかな」
「ブルルル、とんでもおまへん。カンニン、カンニンでっせ」(つづく)