2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧
「ママン、助けてくれー!」 「どないしたん?」 「ギックリ腰んなった」 「無理するからや」 「無理したつもりはないんやけどな」 「歳のことも考えな。いつまでも若い思てたら、あかんで」 「ちょ、ちょっと待って、トイレ」 「ハハハ、座頭市みたいやな」…
第一話『箱おばさん』ー(6) 「あっ」 私が声を出すと、警官がびくりと体をこわばらせて私を見る。ひょっとして、拾得物届け出をしてしまうと、半年後だか一年後だか、あのおばさんがあらわれなかったらこの荷物は私が引き取らなければならないのだろうか…
第一話『箱おばさん』ー(6) 「あっ」 私が声を出すと、警官がびくりと体をこわばらせて私を見る。ひょっとして、拾得物届け出をしてしまうと、半年後だか一年後だか、あのおばさんがあらわれなかったらこの荷物は私が引き取らなければならないのだろうか…
「うまいこと、いかんなあ」 「どーゆーこと?」 「タイガース」 「どやったん?」 「ぼろ負け」 「何対何?」 「16点も取られた」 「16点! えらいこっちゃ、やな」 「2連勝したからな、ジャイアンツに」 「3連勝したら『アッパレタイガース!』言お…
第一話『箱おばさん』ー(5) 次の日、昼を過ぎても三時を過ぎてもおばさんはあらわれなかった。私は上の空で棚の掃除をし、品物を陳列し、接客した。駅から吐き出される人々、「味の小径」を通って駅に向かう人々、すべての人の顔を目で追っておばさんを捜…
「やっと勝ったな、ジャイアンツに。けっこーけっこー、コケコッコーや」 「ひやひややったけどね」 「そーそー。何回やったか、6回か、同点になったときは『今日もまたかい』思たけど、やったなソラーテ。そないスピードで走らんでもえやないか思たけど、…
「あかんなあ、タイガース。取られてるんは一点やからそのうち逆転するやろ思て、他の番組観てて、また観たら、もう一点取られてるやろ。こらあかん、あれ何回やったかいな、6回か、まだ二点や、なんとかなる思てチャンネル変えて、今度こそ逆転や思て、楽…
第一話『箱おばさん』ー(4) 線路から垂直に続く商店街は、ひっそりと静まり返っている。空気は薄くもやっていて、アスファルトはひんやりと黒かった。帰宅する人々が影のようにひっそりと歩いている。彼らをよけながらペダルを踏んだ。ちらりと頭上を見る…
第一話『箱おばさん』ー(3) 駅ビルが閉まるのは午後九時である。七時から八時は、帰宅時の人が立ち寄るので忙しくなる。しばらくのあいだ、私と琴ちゃんと店長は、足元の見慣れない箱のことなど忘れたように立ち働いた。箱は爆発もせず、かさこそと動くこ…
「かわいそうになー」 「だれ、かわいそーて?」 「吉本の社長」 「仕方ないやろ」 「そー。仕方ない」 「そしたらかわいそーなことないやん」 「そーや。ないけどな。けど、かわいそーや」 「おとーさんのゆーてる意味がわからん」 「よってたかってな、か…
第一話『箱おばさん』ー(2) 付け届け、というのが何を意味するのかわからなかったが、しかし「預かりもの」はわかる。この段ボール箱を預かってはいけないのだ。 しかしおばさんはめげなかった。「コインロッカーには入りません」と、勝ち誇ったような声…
第一話『箱おばさん』ー(1) やばい人は二十メートル先にいてもわかるようになった。いくらやばくても、キヨスクや、みどりの窓口に向かっていってくれるならまったくかまわない。それでもときおり、一週間に一、二度の割合で、やばい人はまっすぐこちらに…
むかしむかし、あるところで、おじいさんが死にました。 おじいさんは赤鬼や青鬼、何人かに囲まれてエンマ大王の前に。 おじいさんのクビには一番値打ちのある勲章が掛けられて、また、胸の前の両手にはご自分の位牌がひとつ。それは、一番くらいの高いお坊…
「ママン、教えて」 「教えてて、なにを?」 「イノチがないもんは知らんけど、イノチのあるもんは遅かれ早かれいつかは死ぬやろ」 「そーや。しゃーない」 「どーせ死ぬんやったら、産まれんかったらえーちゅうもんやけど、なんで産まれてくるか? いうこと…
「毎日暑いな」 「湿気が多いから、かなんな。えーな、おとーさんは、ハダカんぼうでおれるから」 「ママンもやったらえーねん」 「そーゆーわけにもいかんわ」 「減るもんやなし」 「減るわ!」 「もーしばらくのしんぼーやな」 「もーしばらくのしんぼーて…
「ママン」 「なに?」 「出よ思うけどな」 「出る? 家出すんの?」 「なんでおれが家出せなあかんの」 「いや出るゆーから、パッと浮かんだんが家出やったんや」 「出て欲しいんかいな」 「別にそーゆーわけやないねんで。出るゆーて、なんなん?」 「参議…
「ママン。小説のハナシやけどな」 「うん。小説のハナシ?」 「そー。『蜘蛛の糸』ゆー小説、知ってるやろ?」 「知ってるよ。ガッコで習ったと思う。だれやったか?」 「芥川龍之介」 「そーゆー名前やったかな? 聞いた気ィするわ」 「そのハナシのなかの…
「ママン、来てごらん」 「なに?」 「サルスベリ」 「花咲いたね」 「夏の花やな、サルスベリ」 「そやで。知らんかったん?」 「知らんかったわけやないけど、『ああ、夏の花やったんや』て、初めて意識したよーな気ィするな」 「そう? わからん」 「イナ…
「読み書きソロバンて、知ってるやろ?」 「知ってるよ。読むこと、書くこと、ソロバンいうたら計算が出来る、いうことやろ」 「そーそー、そーゆーこと。この3つさえ身につけてたら、オトナんなっても、なんとか世の中渡っていけるゥゆーことやな」 「けど…
本を読むのは嫌いではない。といって好きかといえばそうでもない。テレビと本を天秤にかけると断然テレビである。そうはいっても年に何冊かの本を読む。いま読んでいるのは『ファーブル昆虫記』(奥本大三郎訳)である。 ふと思いついたのが音読のきっかけだ…
「おはよーさん」 「おはよーさん」 「水、汲んでるで」 「いつもおおきに」 「かまへんかまへん」 「これ食べるやろ?」 「なに?」 「ハッカ飴」 「いっちゃん好きや。手ェ濡れてるさかい後でもらうわ」 「手ェ拭かいでもえーやん。わたし剥いてあげるさか…
「ママン」 「なに?」 「ボケぼーしのとっこーやくあるけど、訊く?」 「えーわ。まだボケてないもん」 「ボケてからでは遅いから、ゆーてるんや」 「そしたら聞いてあげよか?」 「聞いてくれるか。とっこーやくはな、音読や」 「オンドク?」 「そう、音…
「ママン、えらいことになるかもしれんで」 「ほんまやなあ。どないしょ」 「どないしょ言うても、どないもしょがないしな」 「ほんまになるんかな?」 「両方とも、あと引かんからな。そーなるかもしれんで」 「よーけいてるんやろ、観てるヒト?」 「一日…
「いよいよ半年になったな」 「なにが? 半年てなに?」 「おれもいよいよ後期高齢者や」 「わたしはもーちょっとあるわ」 「ママンはおれとひとつ違いで、オマケに遅生まれやからな。コーキはコーキでも高貴やったらええけど、後期はなーんや、後ろから押さ…
「おとーさん」 「なに?」 「クツそろそろとちゃうの?」 「そろそろてなに?」 「白いクツ、もう10年履いてるんちゃうの?」 「10年はちょっとオーバーやで」 「そうかなあ。もうだいぶ、くたびれてるんちゃうの?」 「まだまだこれからや。ママンに買…
「行く?」 「行く」 「行こか?」 「まだ早いよ」 「もう9時やで」 「10時からやから、半でええんと違う?」 「あかんあかん。200個限定やで」 「それだけあったら、大丈夫やろ」 「甘いな。チラシ見てないの。お得意様だけやないで。カードなくてももらえ…
「ママン、今日の新聞見た?」 「いや、見てない」 「20代は7割やて」 「なにが7割なん?」 「現政権を支持しますいう割合」 「へええ、アベさんえらい人気やな」 「若い人にとっちゃあと任期あと何年なんてケチなこと言わんと、何年何十年、ずーッと続…
五月の蝿と書いて「うるさい」と読む。当て字である。こう読むと知っているから読めるのであって、知らなかったらだれが読めるだろう。 ハエがいなくなって久しい。これがミツバチなどわれわれ人間に役立つ昆虫なら「絶滅危惧種」としてレッドデータブックに…
「片岡知恵蔵、知ってるやろ?」 「知ってるよ」 「子供のころやけど、映画観たことあるか?」 「あるよ。遠山の金さん。おとーちゃんとおかーちゃん、と行った。オトナが30円やったと思う」 「そんなもんやったかな」 「多羅尾伴内シリーズゆーんは知って…
「昼のテレビ観てたら嗤うな」 「なんか可笑しいやつやってた?」 「いやべつに、喜劇やってたいう意味やないけどな」 「なにが可笑しいの?」 「どこのテレビ局も昨日までは吉本芸人の闇営業問題にハゲタカみたいに首つっこんであーでもないこーでもないと…