朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-5

 怖いものなしの閻魔大王とは申しましても、お釈迦様には敵いません。そこは心やさしいお釈迦様のこと、気をとりなおして話をお続けになります。

 さて、お釈迦様が閻魔大王に向かってなさった相談がどんな内容のものであったか、かいつまんでわたしからご説明もうしますとかくかくしかじか、あの世からの一通の手紙がことの発端というわけで。あの世と申しましても閻魔大王やお釈迦様のお住まいになる世界からのあの世でございますから、あの世というのは、現在こうしてわたしども住むこの世のことでございます。

 さて、手紙の送り主と申しますのは匿名希望、七十歳、男性という以外どんな人物なのかお釈迦様のおちからをしてもわからないのでございます。受話器から聞こえてまいりますお釈迦様の話を、閻魔大王は相づちを打ちながら聴いております。

「へえ、へえ、さよか。あくたがわなんとかという小説家の、『蜘蛛の糸』という話にお釈迦はんがお出になって、へえへえ、そんな憶えはない、オファもなかった、そうでっかあ。えッ? 秘書の弁天はんも知らん言うてる。失礼なやっちゃな、ほんまに。ここ来たらただではすまさへんで。えッ? 相談いうんはそんなことやない? へえへえ、はあはあ、その小説の話の中にカンダタという大泥棒がおって、えッ? お釈迦はん知ってはりまんの、こいつ。ご存じない、そうでっしゃろ、そらそうですわ。この分野はわてらの縄張り、テリトリーでっさかい。へえへえ、その大泥棒、悪の限りを尽くしたという変態野郎が、あの世におったころ、ただの一度ええことをした、なんでんねん? ええことて。はあはあ、へええ、地面に這うてる虫を、足で踏み潰そうとしたんやけど止めた。なんでんねん、それがええことでっか。まあ強いてええことをした言やあええことには違いおまへんけど、ただやろうとしたことを止めたという、ええこというても消極的な話でっさかいな、そうでっしゃろ。えッ? はあはあ、ここでやっとお釈迦はんの登場でっか、主役やおまへんねんな。へえ、すんまへん、いらんこと言うて。はあ、蓮池でっか、一面に蓮の花。よろしいなあ、極楽いうとこにはそんなんがありまんの、こっちからは見上げても見えまへんけど、こっちには血の池いうんが、ハハハハ、ありまっけど一面に亡者の群れ、えらい違い、ご存じで、はあ、これからが話は核心に入る、そうでっか。なんでっかあ? お釈迦はんともあろうおかたがその場のきまぐれ退屈しのぎに、あの世でひとつだけでもええことした、それに免じて血の池で苦しんでるカンダタを助けてやろう思うて、蓮池の水を通して見える血の池に蜘蛛の糸を垂らした。なんてことしまんねん。あ、すんまへん。小説の話でしたな。血の池で苦しんでたカンダタがそれを見つけてよじ登った。知りまへん。なにも聞いてない、赤青グリーン三原色まだら鬼のブッチャーが血の池の責任者でっけど、なにも聞いてまへん。あ、そうでしたな、すんまへん。小説小説。いやあ、お釈迦はんのお話がえらい真に迫ってまっさかいつい、ほんまのことや思うてしもうて。はあ、そらそうでっしゃろ。カンダタ蜘蛛の糸伝うてよじ登ってんのを見て、そらだれかて『あとへ続け!』でっしゃろ。『おれはそんなことする人間やない』そんなやついてまへんで。もしいてたら、そら人間やおまへん。それで大盗っ人のカンダタが怒って『降りろ、降りろ!』言うたもんやさかい、カンダタの手元で糸がプツッと切れて連なった連中揃うて真っ逆さま。ハハハハ、ワッハッハッハッ、ハーハーハックション。すんまへん。自業自得でんがな。自分だけ助かろうなんて甘い、アマちゃんですわ、ジェジェジェですわ」

 受話器を通してお釈迦様のお話しになることを聴きながら閻魔大王、舌がよくまわります。なぜだか嬉しくてしょうがない様子で、そのことはお釈迦様の耳にも手に取るように伝わってまいります。とは申しましてもお釈迦様、自分の困り事を閻魔大王に頼んだ手前、そうそう機嫌を悪くするわけにはまいりません。それを悟られまいとグッと我慢をされたお釈迦様、つい猫撫で声になるという次第で。(つづく)