燐寸(マッチ)
「ママン、家にマッチあった?」
「あるよ」
「どこに?」
「ホトケさんの、仏壇の引き出し」
「そーか。ローソク線香な。マッチ使ういうても、それくらいやなあ」
「なんに使うの?」
「いや、使うわけやない。昨日ほれ、西部劇でタバコのハナシしたやろ?」
「そやったかな?」
「テレビでゲーリー・クーパー出てたやろ?」
「あああれな。自分で、紙で巻いて、なめて」
「それそれ。あのときマッチ、どないして火ィつけたか、見てたか?」
「いや、わからん」
「おれもしっかり観てなかったんでわからんけど、ニッポンやったらマッチ箱があって、その両側に擦れば火のつく茶色い紙が貼ってあるけど、西部劇の場合は、不思議とマッチ箱なんかないねんな」
「どないして火ィつけるの?」
「そこがカッコええねん。自分が履いてるブーツの靴底とか、酒場の入り口のカベとか、相手を挑発するときなんか、そいつが着てる皮の服なんかにシュッと擦って火ィつけるなんてことやるんや」
「ケンカ売ってんねんな、知らんけど。普通のマッチでも出来んの、そんなこと」
「出来へん。あれはそんなマッチやねん、特殊のな。カッコええからなあれ。子供のころマネしてやったけど、火がつくどころか軸が折れてばっかりやったん憶えてるわ」
「おとーさんもいろいろつまらんことやってたんやな」
「おれなんか普通にマッチ持ってたからなあ。しょっちゅうやないけど、冬なんか土手の枯れ草に火ィつけて燃やすなんか、遊びのひとつやったからな」
「イナカの子ォらしいな。いまやったら、すぐにテレビ来るわ」
「ホンマやなあ。ムカシならなんでもないこんなんがゆーんを、観るからな。おれみたいなジジイがマッチ持ってたら、『後期高齢者のおじいさん、マッチ不法所持で連行』なんてことにならんとも限らんな」
「ホンマやで。気ィつけや。おとーさんなんか、持ってのうてもたいがいやからな」