煙草(タバコ」
「ママン、あれあれ」
「なに?」
「ゲーリー・クーパー? なにしてんの?」
「タバコ巻いてんねん」
「タバコ?」
「そうタバコ。ああしてな、刻んだ粉みたいなタバコを、紙の上でクルクルッと巻くやろ。そして紙の端のほうをベロでなめて、接着剤や」
「大きな手やなあ。なんやちょっと危なっかしいけど、ああしてでもスいたいんやな、タバコ」
「あのシーンが好きでな。子供のころマネしたもんや」
「親に怒られるやろ」
「マネ事やからな。やるいうても、親の前でやるわけないし。西部劇観るときあのシーンがあると、喜んで観てたな」
「テレビで?」
「いまはテレビやけど、ムカシは映画や。17、8のころかな、いちばん映画観たな西部劇も含めてやけど。なんの映画やったか忘れたけど、西部劇やで、それでブキッチョなやつがおって手が震えてうまいことよー巻かんのを横で見たたやつが『おれに貸してみィ』みたいに巻いてやるゆーんを憶えてるな」
「おとーさんは、そーゆーのんも映画観る楽しみのひとつなんやな」
「そーゆーこっちゃ。観ててうれしならへんか?」
「わからん」
「映画作るとき、それも計算の上や思うで。けっこーいてる思うで、そんなシーン喜ぶヒト」
「そんなことも考えて映画作るんやろか?」
「当たり前や。おれらが気がつかんこと、よーけあると思うで。若いとき観てなーんも感じんかったとこ後で観て、『あれッ?』思うことけっこーあるやろ?」
「そんなんあんまり考えんと、観てるからなあ」
「まあそれぞれやから、ええけど。『明日に向かって撃て!』知ってるやろ?」
「もちろん、知ってるよ?」
「ポール・ニューマンとだれやったか、知ってるよ」
「ロバート・レッドフォードとキャサリン・ロス。キャサリンは『卒業』にも出てたな。あの映画でもタバコのシーンがあったんを憶えてるわ」
「『卒業』で?」
「いや、ゴメン。『明日に向かって撃て!』や。噛みタバコやけどな」
「紙タバコて、みんなそーやろ?」
「そやないんや。クチん中に入れてな、ガムみたいにクチャクチャ噛む、そんなタバコがあんねん」
「へえー、そんなんあるの。カラダに悪いやろ」
「そやさかいな、噛みながらツバ吐くんや、ペッペッてな。飲み込んだら毒やからな」
「そんなにしてまでスいたいかな。わけわからんわ」
「『明日に向かって撃て!』にもそんなシーンがあるんや。やってる役者さんは誰か知らんけど、ペーッペーッて吐きちらすシーンが印象に残ってるな」
「おとーさんもシュミ悪いなあ。どこがええのそんなん。わけわからんわ、ほんまに。知らんけど」