声に出して読む『福袋』(角田光代)ー②
第一話『箱おばさん』ー(2)
付け届け、というのが何を意味するのかわからなかったが、しかし「預かりもの」はわかる。この段ボール箱を預かってはいけないのだ。
しかしおばさんはめげなかった。「コインロッカーには入りません」と、勝ち誇ったような声で言う。たしかに、コインロッカーには大きすぎる箱だった。「すぐ戻りますから」おばさんはレジに身を乗り出すようにして言った。「腰、痛いんです」ようやく瞬きをひとつした。
「でもォ」
私は何もわからない阿呆な小娘の振りをして口を尖らせた。
「買えばいいんですか」おばさんはすこぶる機嫌を損ねた調子で言い、レジわきにある保冷棚から、ラッピングされたクレープやワッフルをトングも使わず鷲掴みにしてレジカウンターに置く。「買いますから」私をにらみつけながらバッグに手を突っ込み財布を取り出す。「ね、お願い」
私はレジを打たず、店長もほかのアルバイトもいないので、助けを求めるように隣の和菓子屋をのぞいた。和菓子屋には数人のおばあさんが群れていて、関口さん(和菓子屋のパートのおばさん)は気づいてくれそうもない。
「ほら、いくら」
おばさんにせかされてぐずぐずとレジを打った。チョコバナナクレープ二、いちごワッフル一、チーズクリームワッフル一」
「七百八十五円ですけど」
おばさんは財布から千円札を抜き出し、押しつけるように渡して、
「お釣りはいらないから。あなたがとっときなさい。じゃ」品物の入った袋をむんずとつかんで「すぐ戻るから」二、三歩後ずさり、「よろしくお願いします」ぺこりと頭を下げ、背中を向けてタタタと小走りに去っていった。
あああ。置いていってしまった。レジカウンターから身を乗り出し、そこにある段ボール箱を見おろした。しかたなく店のおもてに出、段ボール箱を持ち上げようと腰をかがめたが、なんだか手で触れるのがためらわれ、足で蹴るようにして、レジの内側に運んだ。
十一時をだいぶ過ぎて店長がきた。くるなり、レジの下に置いてある段ボール箱を見、
「なんだよう、これえ」と不満そうな声を出す。
「荷物、おばさんが、どうしても預かってくれって置いてっちゃったんですゥ」何もわからない小娘の振りをまたする。
「預かりものはしないようにって、つねひごろ言ってるじゃない」
「だから断ったんですけどォ、もうなんか、押しつけるようにして置いてっちゃってェ」
「葛原さんさあ、いい年なんだから、そういう小娘みたいな話し方やめてよ」店長はうんざりした顔で言い、しゃがみこんで段ボール箱をさまざまな角度から眺める。「何時ごろ」むすっとして言う。
「三十分くらい前です」
「いつ取りにくるって」
「すぐって言ってました」
「すぐじゃないじゃないよ、三十分もたってるならさあ。あああ、いやんなっちゃうなあ」
「でもね、やばい人には見えなかったんですけどねえ」
「やばい人に見えない人が一番やばいんじゃんかよう、ちっ」店長は舌打ちをし、なおもねちねちと文句を言おうとしたが、運良く客がきてそれは中断された。(続く)