朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

声に出して読む『福袋』(角田光代)ー⑤

 第一話『箱おばさん』ー(5)

 次の日、昼を過ぎても三時を過ぎてもおばさんはあらわれなかった。私は上の空で棚の掃除をし、品物を陳列し、接客した。駅から吐き出される人々、「味の小径」を通って駅に向かう人々、すべての人の顔を目で追っておばさんを捜した。そのうち、だれを待っているんだかわからなくなってきた。昨日私の前に立ったやばくなさそうな中年女性を思い描こうとすると、母親や親戚や、中学時代の女教師がなぜか思い浮かんでは消えた。

 私と琴ちゃんは、客足が途絶えるとレジ裏にしゃがみこんで、段ボール箱に鼻を近づけたり、ちいさく揺すってみたり、二人で持ち上げたりしてみた。交番だ、交番持ってけ葛原と、店長はいきなり呼び捨てで私の名を連呼していた。

 午後七時を過ぎると、「段ボール箱を交番にひとりで届けるのならあがってよし」と店長が言った。「味の小径」の従業員専用控え室で私服に着替えたのち、店にいって段ボール箱を持ち上げた。

「がんばってね」と琴ちゃんは言った。店長はむっつりとしてそっぽを向いていた。重たいそれを、腹で支えるようにして持ち、

「お疲れさまでした」私は二人に告げて歩き出した。

 交番は、改札を過ぎ地上へ続く階段をのぼり、数メートル右手に歩いたところにある。私は箱を抱えたままよたよたと階段を目指した。大きな段ボール箱を抱えて歩く私を、数人がふりかえって見た。なんだかそのまま、キヨスクに直進し「すごく悪いと思うんですけど荷物を預かってもらいたいんです」と、あのおばさんそっくりに言いたい衝動を覚えた。キヨスクでせわしなく働く太ったおばさんを横目で見ながら通りすぎる。階段をのぼりきるころには息が切れた。

 交番にいた警察官も、店長と同じくらい迷惑そうな顔をした。事務机を挟んで二名の警官と向き合い、私は事情を説明したのだが、くわしく話せば話すほど、自分が問いただされている気になってくる。

「だからァ、本当なんですってばァ、昨日、改札を出た女の人がァ」

 しどろもどろになってへんな汗をかきはじめている自分をごまかすために、私は例の、なんにもわかっていない小娘ふうにたどたどしくしゃべった。彼らが私をなんにもわかっていない小娘と思ったか否かはわからないが。

「じゃあ、この用紙に必要事項を記入して」

 一通り私の話を聞き終えると、年配のほうの警官が、私の前に拾得物届け出用紙を置いた。背をまるめ、名前や住所を書いていると、「中身はなんだ」「開いてないのか」「預かりものだし」ともそもそ二人が話し合う声が聞こえた。私は顔を上げ、

「開けてください」と言った。「へんなものかもしれないし、あっ、へんなものかどうか私は知りませんよ、預かっただけだから。ただ、ほら、お金とか、宝石とか、そういうものだったらやばいじゃないですか。もっとへんなものかもしれないし」嬰児のミイラとはさすがに言えなかった。

 警官は私をちらりと見ると、声を落としてさらに何か話し、開ける方向で話はまとまったらしく、床に置いた段ボール箱の前に若い警官がしゃがみこんだ。(つづく)