朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

声に出して読む『福袋』(角田光代)ー③

第一話『箱おばさん』ー(3)

 駅ビルが閉まるのは午後九時である。七時から八時は、帰宅時の人が立ち寄るので忙しくなる。しばらくのあいだ、私と琴ちゃんと店長は、足元の見慣れない箱のことなど忘れたように立ち働いた。箱は爆発もせず、かさこそと動くこともなく、じっとそこにあり続けた。

 そして閉店の九時を迎えても、やばい人には見えなかったおばさんは、あらわれなかった。「味の小径」に閉店を告げる単調な曲が流れ、私たち三人は、非常に厄介なものを見る目つきで、そこにあろ段ボール箱を見おろした。

 突然闖入してきた段ボール箱がそこにあり続ける不安感から逃れるために、店長は私と琴ちゃんを飲みに誘い、私たちもおそらく同じ理由から、断らず店長についていった。

 駅ビルの裏手にある焼鳥屋で、もうもうとたちこめる煙のなか顔を近づけ、私たちは箱の中身を推測し、箱おばさんの真意を推測した。置いていくくらいだからあまり喜ばしいものではないだろう。ということは、汚れなき札束でもさらっぴんの衣類でも安全な食料でもないだろう。ひょっとしてひょっとしたら、琴ちゃんのブラディな想像どおり、犯罪の切れ端が詰まっている可能性だって否めなくなってきた。最悪の場合犯罪、最良でもただのゴミ。箱の中身は、そんなようなものに違いなかった。おばさん、やばい人には見えなかったのにと私は言い訳のようにくりかえし、やばくなさそうな人が一番やばいんだと、顔をしかめ、店長はその都度言った。

 飲んでいるうち後悔と不安はどんどんと膨れ上がって、杯をいくら重ねても醒めていた。

「警察だ」と据わった目つきで店長が言った。

「明日、葛原さんは警察に届けてこい」

「明日一日待ったほうがいいんじゃないですか。今日は何か事情があってこられなかっただけかもしれないし」希望的観測を口にした。

「うん、そうかもしれないですよね。明日、金一封持って平謝りでくるかもしれないし」暗い雰囲気を吹き飛ばすように明るい声で琴ちゃんが言う。

 店長ははあ、と横を向いてわざとらしくため息をつき、

「だいたいさあ、葛原さんってさあ、おれとそう年かわらないじゃない。なんでそんなにひよひよしてるわけ」いきなり説教モードに突入する。

 私はうつむいて、子どものように琴ちゃんに目配せをし、ちびちびと酒を飲んだ。

 十一時を少し過ぎて店を出た。店長はもっと飲もうと言ったが、私は辞退した。琴ちゃんと店長は北口の飲み屋街へと向かう。駅ビルの従業員通用口わきにある自転車置き場から自転車を引きずり出し、ひとけのない夜道、自転車をこいでアパートを目指す。店長は琴ちゃんを口説いているのかもしれないと思う。二十八歳の琴ちゃんは、店長と交際を始めてもひまつぶしなんて思わないのではないだろうか。何ものにもなれないと自覚したのだという話を聞いても、それを自分たちの交際にあてはめて考えたりしないのでなないかと思う。(つづく)