朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-8

 閻魔大王の前に引っ張り出されたこれらの者が、生前は通用したからと甘くみて多寡をくくり「閻魔大王がなんぼのもんじゃい、エンマが怖くてサンマが食えるか」とわけのわからぬことを言って、生前と同じように自分に有利なウソを並べ立てましても、ここ閻魔の庁ではまったく通用しないのでございます。なぜならばと申しますと、閻魔大王が腰を下ろしております前には、古色蒼然、足元には苔でも生えていそうな黒く底光りのする年代物の大きなデスクが据えられております。そしてその台の上、閻魔大王の目の前にはサッカーボールをふたまわりも大きくしたほどの水晶の玉が、絹織物を幾重にも重ねたその上にドンと据え置かれているのでございます。

 この水晶玉は「浄玻離鏡」(じょうはりきょう)と申しまして、閻魔大王の呪文ひとつで亡くなった者、すなわち亡者の一生、生まれて死ぬまでのあいだの善行悪行のひとつひとつが余すところなくまるで走馬灯かビデオでも観るようにきっちり写し出されるという、現世では考えられないような優れものなのでございます。

 番卒の2匹の鬼に両腕をつかまれ引き立てられた亡者が、どのように巧みに嘘偽りを並べ立てたところでまったくの無駄という、明々白々、嘘偽りは閻魔大王の目の前の水晶玉によって暴かれるのでございます。

 そして、その罰の手始めとして、ご存じお定まりの「舌抜き」が行われるという。番卒の鬼の、松の根のように節くれだった5本の指でムンズと髪の毛をつかまれ、片方の5本の指はアイアンクローとばかり亡者の下アゴをつかみ、グイと引き下ろして上アゴと下アゴを固定している蝶番を外す、つまり「アゴが外れた」状態にされるのでございます。

 もうこうなりますと、どんな極悪人といえども嘘のつきようどころか、まともな言葉さえままならず、よだれを垂らしてアーアーと言うのがせいぜいで、もう一匹の手に持つヤットコ、これは余談になりますが、兵庫県三木市の有名な金物鍛冶特注のヤットコなのでございまして、二枚舌であろうと三枚舌であろうと、一枚一枚、すべて引き抜かれるのでございます。

 そんななかでも、これは誠に珍しいことなのですが、歯も舌もないという亡者が閻魔大王の前に引き出されることがございます。この亡者の場合は舌の代わりに歯を抜くということもできませんので、これは男の亡者に限ってのことですが、ヘソ下三寸、そこに存在する一物がヤットコの犠牲になるという、「ハシタない」とはここから出た言葉やそうで。

 さて、閻魔大王はお裁きの場を副大王の閻魔コオロギに託しますと、お釈迦様から頼まれたあくたがわなにがしの消息を調べるため大王専用の執務室へ向かいます。執務室へ通じる廊下を歩きながら後ろへ控えて付いてまいりますお付きのメヅのひん次郎、メヅとは馬の頭と書くメズなのでございますが、このヒン次郎に「あ」行を綴じた閻魔帳を持ってくるように命じます。閻魔帳と申しますのは亡くなった者を記録した、いわば地獄の住民票兼履歴書のようなものでございます。