朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-12

 引き続き閻魔大王の執務室でございます。コンコンとドアをノックする音が聞こえますと、閻魔大王の右後方に不動の姿勢で控えておりました赤鬼の赤兵衛、素早く不動の姿勢を解きますとドアの前に。ドアの真ん中ほぼ目の高さに小窓がございます。いつもは閉じられておりますが、赤兵衛その観音扉を開きましてノックの主を確認致します。メズのヒン次郎でございます。

「カテイ」と赤兵衛。

「エンマ」とヒン次郎。

 合い言葉でございます。仲間内といえども厳しく「李下に冠を正さず、瓜田に履を納れず」が閻魔大王のモットーなのでございます。どこかの国の「お友達内閣」とはえらい違いで。

 普通、「カテイ」と申しますとつい釣られて「エンマン」と答えてしまうもので、ここが合い言葉の落とし穴になっているという、ミソなのでございます。閻魔大王のアイデアでございまして、大王最側近のヒン次郎といえども、つい油断して「エンマン」と答えてしまいますと始末書を書かされ、これが年間3枚になりますと降格、閻魔大王の勘気が解けるまで獄卒鬼として亡者のなかで過ごさなければならないという、厳しいものなのでございまして、どこかの国とはえらい違いなのでございます。

 ドアが開きます。ヒン次郎が入ってまいります。ヒン次郎の背負ってる大きなリュックには、書庫から持ち出した「ア」行を記録した閻魔帳の束が入っておるのでございます。「アア」から始まって「アン」で終わる「ア」行の閻魔帳は、すでに日本国内の「亡者人別帳」だけで書庫は満杯、書庫の外の壁際に積み上げられておりまして近々、新しい書庫のオープンが予定されております。

 というようなわけで、「アクタ」から始まる人別帳がヒン次郎が背負ってきたリュックには入っているというわけで、赤鬼の赤兵衛、ヒン次郎の背中に回ってリュックを外しにかかります。ところがこれが思いのほか重たく、本来なら青鬼の青左衛門と協力して一緒に受け取るはずだったものが、赤・青2匹のあいだになにか気まずい出来事があったのか、赤兵衛1匹だけで受け取ったものですからその重さを支えきれず、持ったままよろよろとよろけて、危うく閻魔大王の右肩をかすめましてドサリ! 大王の目の前のデスクに辛うじて降ろしたのでございます。大王のあの大きな、アーネスト・ボーグナインのような目の玉でギョロリ、睨まれました赤兵衛、緊張のあまりその場にしゃちほこばって、彫刻されて氷柱のようになったのでございます。

 しかし、さすがは閻魔大王でございます。何事もなかったかのように顔の前でその大きな手を2、3度、ホコリでも払うようにしただけで、赤兵衛は怒られずに済んだのでございます。

 閻魔大王の頭にチラリ、デジタルという言葉が浮かび、すぐに消えます。リュックから出されてうず高く積まれた「アクタ」で始まる閻魔帳の一冊を目の前に置きますと、おもむろに、おお掴みにひと掴みいたしましてページを開きます。そこには亡者の生前の記録が事細かに一点の漏れもなく記録されております。デスクの左側に置いた眼鏡ケースから度数38の老眼鏡を取り出します。と、ガラス両面に2、3度息を吹きかけますと着用しております法服の袖でぬぐいます。

 もともと閻魔省の建物は、庁から省へ昇格したとはいえ以前のままの旧庁舎でございまして、電灯なども旧式のまま、ヒモ付きの電球でそのヒモを引っ張って灯りを点けるという、まことにどうも薄暗く、やっぱりデジタル化やなと思いながら、一瞬、地獄改革を訴えて辞めさせた前リーダー、スズメ頭のチュン一郎、別名ライオン丸のことが閻魔大王の頭に浮かんだのでございます。

 度数38の老眼鏡は、閻魔大王の目の玉を一段と大きく見せまして、その目を、いま開いたばかりの閻魔帳のページに近づけるのでございます。(つづく)