朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-13

「アイ」・・・とつぶやきながら閻魔大王、なんだまだアイの段か、アクタガワにはほど遠いなと思いながら閻魔帳の名前を目で追っておりますと、ある名前のところで「えッ?」と目が止まります。そこには「アイダ カツヒコ」という名前が載っています。どこかで聞いたような名前だなと思いながら閻魔大王、この人物の経歴に目を移しますと、職業欄に歌手とあって、ヒット曲に「野球小僧」とか「煌めく星座」などがあると記録され、また「アルプスの牧場」では見事なヨーデルで一世を風靡したと紹介、おまけに、「あんな声がヨーデルな」などとくだらないおじさんギャグまで書き加えられております。

 明らかに記入ミスでございます。「アイダ」ではなく「ハイダ」「ハイダカツヒコ」がほんとうの名前で、閻魔大王もこの歌手の大ファンで、ゆうべも「鈴懸の径」を聞きながら眠りについたという、顔に似合わぬロマンチストな一面もお持ちでしたからたまたま開いたページでミスに気がついたというわけでございます。

 そこで閻魔大王、すぐそばで手を前で組んで控えておりますメズのヒン次郎に向かって、そのページを人差し指で2、3度とんとんと叩きながら、なにかぼそぼそとつぶやきます。後方の、不動の姿勢で立っております赤兵衛、青左衛門には閻魔大王がなんと言ったのかまったく聞こえませんでしたが、さすがに馬の頭をしたヒン次郎、大きな耳でございます。すぐにそのファイルを閻魔大王から受け取り、赤兵衛が開けたドアから出ていったのでございます。閻魔大王がヒン次郎になにを言ったのかと申しますと、「なんやねん、これ! 記入ミスやないか! だれや、担当は。『ハ』のバインダーに戻しとけ」とそう言ったのでございます。

 日ごろ強面で、だれもが恐れるという閻魔大王でござますが、ナツメロ大好きという可愛い一面もあるのでございます。

 次のファイルを手にしようと閻魔大王、今度は積み重ねられたファイルの背表紙に顔を近づけるのですが、なにせ執務室は薄暗いものですから、背表紙の小さな文字がよく見えないというわけで。顔を横に傾け、背表紙にその獅子鼻を押し潰さんばかりにして探しだしましたのが、背表紙の文字が「アクタ」のファイル。閻魔大王は振り向きますと青左衛門を目で呼んで、積み重ねられたファイルの上から8冊分を取り除かせたのでございます。

 閻魔大王は手に取った「アクタ」の項のファイル1冊をもう一度目に近づけて確認した後、おもむろにデスクの上に置きますと、最初の1冊のときと同じように、適当にひとつかみつかんでページを開きます。

 そこで閻魔大王、お釈迦様からお尋ねのあった人物、芥川龍之介の名前を探し当てたのでございます。(つづく)