朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-23

  赤鬼の赤兵衛が突然、なぜこの大蛇ヶ淵の大岩の上に現れたのかと申しますと、閻魔大王の命令によってのこと、どうも白黒まだら鬼のホルスタインだけでは龍之介カッパを任せるには心許ないと思ったからでございます。なにせ閻魔大王には、お釈迦様がお尋ねになった一件について一刻も早くお報せしなければというプレッシャーがございます。そこで大王の身近に仕える赤鬼の赤兵衛をここ大蛇ヶ淵の大岩の上に使わした、というわけで。

 そこでまだら鬼ホルスタインはお役御免というわけで地獄へと帰って行きます。

 龍之介カッパはと申しますと全身ずぶ濡れ、この世からあの世への旅立ちで着せられた死に装束の白い着物は着のみ着のまま、いまはもうよれよれ、もとの色は白だったというのが辛うじてわかるくらい汚れ、裾や袖口からも水がしたたっております。痩せて骨の浮き出た身体にそれが張り付いてなんともみじめな格好でございます。頭に巻いた額烏帽子もいまはどこへいったやら、情けない龍之介カッパでございます。

 その横で赤鬼の赤兵衛、閻魔大王の命令とはいえ、なんで自分が、と情けない気持ちといらだたしさが次第に募ってまいります。

 とは申しましてもこのカッパと鬼のコンビ、大蛇ヶ淵の大岩の上に並んで立っておりますのを少し離れたところから眺めますと、ハロウィーンで変装した赤い身体とグリーンボディーの漫才コンビに見えなくもないのでございます。

 さてこのレッドアンドグリーンのコンビ、赤鬼の赤兵衛が龍之介カッパの耳に噛みつかんばかりになにか怒鳴っております。それはなにかと申しますと、この今2匹が立っている大岩の下に広がる迷路のような水中洞窟の説明、でございます。

 ところが意識を回復したとはいえまだモーロー状態の龍之介カッパ、赤兵衛から何を言われて糠に首、いやいや糠に釘。赤兵衛自ら洞窟に入って案内すればこれに超したことはないのですが、生憎と赤兵衛、まだら鬼のホルスタイン同様水は大の苦手という水恐怖症、本当のことを申しますと、この大蛇ヶ淵の大岩の上に立っているだけでも震えが止まらず失神寸前を必死に堪えているという状態。地獄の入り口には三途の川がございますがこの赤鬼赤兵衛、いっさい近づきません。

 閻魔大王の命令を受けたとき、なんともいえぬ嫌な予感が足のつま先から頭のてっぺんに向かって駆け抜けていくのを感じたのですが、大王の言いつけに逆らうことは許されてはおりません。予感的中とはこのことで、ブルブル震える身体はコントロール不能の状態なのでございます。

 いくら言い聞かせても龍之介カッパ、無反応でなんともラチがあきません。赤鬼赤兵衛の松の根のような手で、龍之介カッパの胸ぐらをつかみ前後左右に押したり引いたり揺すったり、いくらやっても糠に首、いやいや釘なのでございます。度ごとに頭に皿を載せた首から上がガクガクと揺れ、その濡れた皿が月の光を受け、揺すられるごとに光ったり消えたりいたします。

 もう最期の手段と赤兵衛、番卒鬼養成学校の体育専科、柔道で習った背負い投げや巴投げ、さらには横四方固めなどの技を次々繰り出すのですが糠に首、いやいや糠に釘で、まるで魂の入ってない安物の人形みたいなものでございます。

 赤鬼の赤兵衛、たくましい身体とはうらはらに泣きたい気持ちを辛うじて堪え、途方にくれているのでございます。(つづく)