朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-24

 龍之介カッパと赤鬼赤兵衛の眼下に広がる大蛇ヶ淵は、月の光を受けて、まるで奈落の底へと誘う入り口のようで、月の光が波に揺れて揺らいでいる様を途方に暮れて見ております赤兵衛、それが、まるで自分を嘲笑っているように感じられ、目の玉がクルクル回って、自分が鬼なのかカッパなのかそれすら定かではないという、パニックに陥ったのでございます。

 とは言え、責任感は人一倍、いやいや鬼一番強い赤鬼の赤兵衛のこと、龍之介カッパをこのまま放っておいたまま閻魔大王のもとへ帰るわけにもいかず、進退窮まるとはこのことでございます。

 しかし、責任感の強い赤兵衛ではございますが、いつまでもグズグズしているわけにもいまず、決断のときは今とばかり、えーいままよ! 龍之介カッパを目より高く差し挙げますと、大蛇ヶ淵へ向かって投げ落としたのでございます。ザッブーン! 水しぶきとともに、月の光が砕け散る様を見るヒマもあらばこそ、赤鬼の赤兵衛、一目散に地獄へと逃げ帰ったのでございます。

 どこをどう通って帰り着いたのか不思議なくらいで、無我夢中の赤兵衛、地獄の入り口を前に、荒い呼吸を鎮めながらやっと落ち着きを取り戻したのでございます。

 すぐさま閻魔大王のまえに伺候いたしますと赤鬼の赤兵衛、何事もなかったように、ご命令通りに無事送り届けた旨を報告いたします。

 死んだ者が閻魔大王のウソをつけばどうなるか、これはもうご承知の通り、番卒の鬼が用意したヤットコでその舌を抜かれるというのが常識となっております。舌の数が何枚あろうと関係ございません。

 ところがその鬼が大王の前でウソをつくという、これはもう想定外のこと、前例がございませんので、閻魔大王の旨ひとつ、わたくしごときが知る術もございません。

 とは申しましても地獄・極楽はこの世にあるんや、いう方もございますし、あの世この世は地続き、いずれにいたしましても、世の中の出来事は世の中で収まるもの、でございます。

 さて、赤兵衛によって投げ込まれた龍之介カッパはどうなったか? 「それそれ、それがどないなったか? 知りたかったんや」という方からのメールが届いております。

 真っ逆さまに水中深く沈んでまいります龍之介カッパ、意識は以前のままの朦朧状態で、まるでスローモーション映像を見ているよう、大蛇ヶ淵の川底に向かって沈んでまいります。

 このままですと、いかに水の申し子カッパとはいえ溺れ死ぬことは避けられません。弘法も筆の誤り、サルも木から落ちる、カッパの川流れと申します通り、カッパが溺死したからといって不思議ではございませんが、もしこのまま死んで再び亡者となって閻魔大王の前、あのすべてを写し出すという玻離、なんでしたか、忘れてしまいましたがあの水晶玉ということになりますと、一番困るのは赤鬼の赤兵衛ということになるのですが、当の赤兵衛そんなこと知るよしもなく、大王の後ろに青左衛門とセットで、番卒の勤めを果たしております。

 ところが世の中は捨てたものではございません。オス、メス恋人関係の大鯰が川底で横たわっている龍之介カッパの左腕の脇のあいだをスルリと抜けたのでございます。その時、鯰の大きな口の横に生えている2本のヒゲが、この2匹、恋人同士でございますから、互いに内側のヒゲは手に手を取ってのように絡めておりまして、外側の2本のヒゲが、龍之介カッパの一番敏感な急所ともいうべき脇の下をくすぐったのでございます。

 まさか、こんなところにカッパの急所があるとはついぞ知らなかったのですが、これまでのことはなんだったのかというように、龍之介カッパはパッチリと目を見開き、と同時に龍之介カッパから人間・龍之介が離脱して、文字通り正真正銘、混じりっけのない水を得たカッパとなったのでございます。(つづく)