朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-32

 思いもかけぬカンダタの逆襲に遭い、閻魔大王思わず関西弁を口走ってしまうという、もう尋問もなにもあったもんじゃございません。それでもなんとか閻魔大王の威厳だけは保つことができたのでございます。

 一応、落ち着きを取り戻しました閻魔大王

「相違ないな」

「ございません」とカンダタ。ウソ偽りなく申しましたのは、閻魔大王が怖いからではなく、あの浄玻離鏡という真実のみを映すという水晶玉が大王の目の前にあるからでございます。またウソをついて折角3年もかかって生えてきた舌を抜かれるのを恐れたからに他なりません。

 ところが、ここで尋問終了一件落着とはまいりません。落ち着きを取り戻した閻魔大王、続けて尋問を再開いたします。

「ではなぜ、蜘蛛の糸に取り縋って登っていったおまえがここにいるのか、それはどういうわけか?」

「ハイ、申し上げます閻魔大王様、少々申し上げることが多く、長くなるかもしれませんがよろしいでしょうか」

「かまわぬ。申せ」

「かしこまりました。取り縋って、取り縋って、と申しますのは大王様がおっしゃいました蜘蛛の糸のことでございますが」

「わかっておる。いらぬことを申さず、ちゃッちゃッと続けて申せ。ほんまにもう」

「かしこまりました。一気に登ることを続けておりましたところ、自分では思わぬところで息切れがしてしまったのでございます。娑婆にいたころはもっと高いところまで登る体力があったはずとクビを傾げながら考えてみますと、ひとつ思い当たることがあったのでございます」

「ほう、思い当たることとはなにか。構わぬから申してみよ」

「ありがとうございます。大王様の暖かいお言葉に感謝いたします」

「いらぬべんちゃらを申すな。ちゃッちゃッと、続けんかい」

「申し訳ございません。では、お言葉にあまえまして。どこまで、お話を?」

「どこまで? そうじゃ、なにか思い当たる、とか申しておったな」

「有り難うございます。重ねて感謝申します」

「べんちゃらを言いな、言うたやろ、ほんなに、なんやねんな」

 閻魔大王、パニックになりますと関西弁になるのは先刻ご承知の通りでございますがうれしくてもそうなるのでございます。

「それはまことに申し上げにくいことでございますが、娑婆にいたころはと申しますと昨日ははどこそこの二ツ星のイタリアレストラン、今日はどこそこでポールポキューズ高級フランス料理、明日は明日で京料理、胃がもたれるな、すこしさっぱりと嵯峨野で湯豆腐などとゼイタク三昧、ところが大王様、地獄というところは人を人と扱わぬ、まるでブラックもブラック、真っ黒けじゃございませんか」

「じゃッかしい!! ここをどこや思てんねや。泣く子も黙る地獄の一丁目やぞ。黙って聴いてたらええ気になりやがって。ケツの穴から手ェ突っ込んで、腹話術やったろか『カンちゃん、お利口にしないと痛い痛い』したろか」

「申し訳ございません。わたくしとしたことが」

「なにがわたくしとしたことが、じゃ。おまえやから、そないなことになるんや。今度わけわからんこと言うたら、お前のやっと生えたっちゅう三年もんのベロ、根元から引きちぎってまうぞ」

 もう閻魔大王、頭からは地獄温泉大分は別府の湯のようなもうもうたる湯気、額には稲妻のような青筋が幾筋も浮いて脈を打っております。

 これにはカンダタ、少し遊びが過ぎたかと修正をいたします。

「申し訳ございません。この通りでございます。どうか平に平にご容赦のほどをお願いいたします。なにごとも付け加えず申し上げます。ご勘弁、ご勘弁」

 とばかり這いつくばって謝ります。

「・・・なにげなく下を見ますと、オレ、失礼をいたしました。わたくしでございます。わたくしの後から後から、オレじゃございません、最前までわたくしとおんなじ血の池のなかで浮いたり沈んだりしていたやつらが、この罪人どもが、生意気にもアリの行列のように続いてくるではございませんか。この蜘蛛の糸はオレ、失礼、わたくしひとりのものなのでございますから、オレ、いやわたくしは思わずオレをわすれて『下りろ! 下りろ!  この生意気な罪人どもが、糸が切れるじゃないか』と思わず我とオレを忘れて怒鳴ったのでございます」

「それでどうなった」

「元の木阿弥とはこのことでございます。せっかくの蜘蛛の糸、必死に握りしめておりますわたくしの拳のすぐ上でプツン、音がしたのかしないのか、音もなく切れてしまったのでございます。あとはもう、このときほど宙に浮く術をわきまえてなかったことを悔いたことはございません」

「それでカンダタ、そのほうもろとも、あとの続いた者どももドボ、ドボドボ、ドッボーンと元いたところへ落ちたというわけじゃな」

「さようでございます。まことにどうも」

「ワハハハハ、わっはっはっは、いい気味じゃ、いい気味じゃ。そのほうらの魂胆、見えておるわ。アーネスト・ボーグナインのワシの目は節穴ではないぞ」

 閻魔大王蜘蛛の糸にぶらさがった罪人どもが連なって落ちるのを想像して無邪気に笑っておるのでございます。血の池を見張る鬼どもを叱ることも忘れて、高笑いを致しております。(つづく)