落語『蜘蛛の糸』ー33
「もしもし、あれ? お釈迦はん? お釈迦はんでんな」
「そうです。釈迦です。大王君ですな。どうしました?」
「ああ、いや、キー子が出るんか思たもんで。いてまへんのか、キー子」
「キー子ちゃんにご用だったら、いまは電話に出るのは無理ですな」
「どないしたんでっか? まさかお釈迦はん、クビにしたとか?」
「いやいや、そうじゃない。キー子ちゃんは休暇中でな。自由の女神さんのところに行っております」
「自由の女神はんところ!? どないなってまんの? 自由の女神はんいうたら、あのニューヨークの、いっつも立ちっぱなしで右手やったか左手やったか、腕上げっぱなしでしんどいことや、肩もこるやろ足も痛なるやろと、気の毒に思てましたんや。あの女神はんのとこでっか」
「ハハハ、いやいや、あれはあなたモニュメント造り物ですからな。自由の女神さんがおいでになるのは天国じゃな。それにもう、右手に持って高く掲げたあれはタイマツじゃ。聖火じゃな。と言うて、あれを持って走るわけではない。だがいまはタイマツなどよほど伝統歴史のある祭り以外で使うことはないというて、いまの女神さんはソフトクリームを持っておられるとか、なんとなく形が似ておりますからな。ところが女神さん、噂ではダイエットに励んでおられるとか、右手に持ったソフトクリームがすぐ溶けるのでついペロリ、食べ過ぎるという話じゃ」
「けど御釈迦はん、よう知ってはりまんなあ、女神はんのこと」
「いやいや、直接にはなにも知らぬ。みーんな、キー子ちゃんから聞いた話じゃ」
「自由の女神はんからの電話は、お釈迦はんになんかご用があってのことでっか?」
「いや、わたしではない。キー子ちゃんにご用があったそうじゃ」
「黄鬼のキー子でっせ。女とはいえ鬼でっせ。その鬼娘と自由の女神いうたらつろくしまへんやろ。わけわからん」
「不思議でもなんでもないのじゃないかな」
「なんででんねん」
「なんというても、自由の女神だからじゃ。ハハハ」
「なんでんねん。しょうもなー。けど不思議な縁もあるもんでんなあ。あのキー子と女神はんが、なあ?」
「わたしもどんな用事の電話か、キー子ちゃんへかかってきたのでなにも知らないのだが、随分と意気投合、話が弾んでおった」
「へえーえ、そうでっかあ。話弾んでたて、英語でっか?」
「両方です」
「両方? 両方て、なんでんねん?」
「イングリッシュあんどフレンチです」
「フレンチ? なんでんねん。 えッ、フランス語でっか? フレンチでわてが知ってんのは、レターかキスか、トーストくらいなもんですわ」
「ハハハ、それだけご存じなら上等上等。女神さんに合わせて英語とフランス語、キー子ちゃん、見事なものです」
「知りまへなんだなあ。あいつにそないな才能あるやなんて、惜しいことした」
「え? なにかいいましたか」
「いえいえ、独り言ですわ」
「キー子ちゃんには特別な語学の才能があるようですな。いまお話した二カ国語はもとより、イタリア、中国、韓国、ロシア、それにスペイン語などは三日でペラペ~ラ、ここ最近はひとつひとつ覚えるのは面倒だとラテン語スワヒリ語、キリバス、タガログ、アイヌ語、これでも物足りないと最近はあの難解な古代ギリシャ語まで手を広げておるのではないかな」
「そうでっかああ! そないな才能があるやなんて、あの声でっさかいなあ。いてましたんや、わしんとこに、なあ。惜しいことした」
「いやいや、お気持ちはよくわかります。女神さんとのフランス語での会話は、それはもう、ホホッ、鈴を転がすようなとはこのことで、電話とはまったく違ってホホッ、ついうっとりとホホッ、聴いてしまいました、ホホッ」
なにがうっとりホホッじゃと閻魔大王、いい心持ちはしませんが、相手が相手お釈迦様でございますから口答えもできず、口の中でもごもご言うのが精一杯でございます。(つづく)