朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-26

 ・・・さて、閻魔大王からかかってまいりました電話の内容を黙って聴いておられましたお釈迦様は、その電話の内容と申しますのが、睡眠薬で正体をなくした龍之介カッパを一度現世へと戻し、その上、意識を回復したのが確認できたら再び龍之介カッパを地獄へ呼び戻し、さらにカッパに変身した龍之介からカッパを離脱させたその上で、お釈迦様お尋ねの『蜘蛛の糸』にまつわる、なぜお釈迦様がカンダタを地獄から救ってやろうとお思いになったのか、その理由を龍之介に問いただそうという、回りくどい話でございましたので、カンダタなどお釈迦様の身に覚えのないことで閻魔大王や、今は現世でどんな暮らしをしているのか定かではないカッパにまで迷惑をかけるのは「余の本意にあらず」とばかり、お釈迦様からの返事を待っております受話器の向こうの閻魔大王に向かって

「ありがとう。いろいろとありがとう」

と重ねてお礼をお述べになり、この一件はなかったこととなったんでございます。どこまでも慈悲深いお釈迦様なのでございます。

 ところが、お釈迦様が受話器をお戻しになると同時に電話のベルが。相手はまだお釈迦様の耳に残ってる声でございます。へへへへと照れ笑いのあとに

「えらいすんまへん。大王でおます。ついお尋(たん)ねするんを忘れてしもうて」

「ああ、大王クン、なにか・・・」

「キー子のことでんねんけど、あの娘(こ)、ツノおまっしゃろ。極楽でツノゆーんは、どないでっしゃろ?」

「ああ、その点だったら心配はご無用。あなたもご存じのようにツノ隠しというのかな、これのお陰でキー子クンが鬼だとはだれも知ってはおらぬ。彼女はおしゃれのセンスもよくてな、あのツノ隠し、ホホッ、すこぶる評判がよい。いま極楽では卑弥呼さんやら弁財天さんやらも欲しいいうて、えらい流行しておる」

 それを聞いた閻魔大王、そうですかあ、そらよろしおました、いやいや、ちょっと心配してましたんや、と口には出しましたが、本音をもうしますと、なにが「ホホッ」じゃ、なにが「すこぶる」じゃと思いながら電話を切ったのでございます。クビにしたキー子がお釈迦様のところでのびのびと楽しく仕事をしているのを聞くにつけ、なにか損をしたような気持ちの閻魔大王なのでございます。

 そんな折りも折りのこと、閻魔大王の執務室のドアがノックされひとりの年老いた男の亡者が連れてこられます。連行してまいりましたのは赤や青、グリーン、パープルなど色々な色で身体じゅうがまだらになっております混血のブチ太夫でございます。このブチ太夫の仕事と申しますのは、日々三途の川を渡ってやってまいります亡者の群れの整理係で、日によって亡者の数も違いますので、多いときなど、「最後尾はここ」と書かれた看板を持つこともございます。

 そのブチ太夫が申しますには、この後期高齢者の男、閻魔大王のお裁きを受けるため延々と続く亡者のその行列のなかにおりまして、なにかキョロキョロあたりを警戒するような目つきで輪になった何人かを相手に、なにやらヒソヒソ話をしていたとのことで、見回り中のブチ太夫がそれを聞き咎め、「怪しいヤツ」と思って引き連れて来たというわけでございます。

 たしかに地獄の世界では亡者の私語は御法度になっております。死んだ後のことですから私語御法度は当然のことで、見つかればきつい叱責を受けることになっております。しかしこれは表向きのことで、閻魔大王のお裁きを受けるまでの昼夜を問わぬ長いあいだをただ黙々と過ごすのは亡者といえ辛かろうという閻魔大王の慈悲心から、声が大きくなったり、それがもとで諍いや喧嘩にならぬ限りはと、ヒソヒソ話しくらいならと大目にみられているのでございます。

 ではなぜこの老人が閻魔大王の執務室へ連れてこられてのかと申しますと、そのヒソヒソ話のなかに、お釈迦様とか、お釈迦様ともあろうお方がひどいことを、などという声が見回り中のブチ太夫の耳に入ったからでございます。

 実を申しますと、この老人こそ、お釈迦様に匿名の手紙を書いた張本人だったのでございます(つづく)