朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-41

 運転席がビルの5階ほどの高さにあるという馬鹿でかい牽引トラックが走行中に巻き上げた土煙り、その逆流した土煙がやっと収まりまして、だれが乗ってるのだろうと、見物していた大勢の神様やほとけ様、そして賢者の目が見上げる運転席に注がれます。

 この下からですと見えるのは運転席側や助手席側のドアのガラスが見えるだけ、だれが乗ってるのか、さっぱりわかりません。すると、運転席側のガラスに、チラッと上に上げた左腕らしきものが見え、なにか掴んで下へ引っ張るような仕草が見えます。と同時に、上空に向いたドラム缶ほどもある排気筒から勢いよく煙が吹き出して、ボーッ、ボーッと長い、船の汽笛に似たクラクションの音が4度聞こえたのでございます。

 この警笛を合図のように、プシュッ、プシュッという排気ブレーキのエアーを抜く音がして、2度3度と化け物牽引車は身震いをいたしますと、エンジン音が止み、ようやく静かになったのでございます。

 そして、神様ほとけ様注目して見上げるなか、運転席側のドアが開きます。開いたドアの下の、足をかけるステップの上に馬革のブーツが現れます。たった今ワックスで磨き上げられたようなチョコレート色のブーツは、皮革特有のツヤで光り、それを履く人の人格まで象徴して居るように感じられるのでございます。ブーツの上部は、藍色のジーンズで覆われております。

 と、そのブーツの履き主は、ドアの後部に取り付けてあるエレベーターの自動ドアが開くのを無視して獲物を狙う白頭ワシのように身を翻すと、ビル5階はあろうかという高さから飛び降りたのでございます。

 その予想外の行為に驚いて見守る観衆の前に、すっくと立っておりますのは、背の高い痩せた身体で、頭にはブラック・シルクハット、耳の横からアゴへと連なる黒いもじゃもじゃのヒゲには一本の白髪も見られないという若々しさで、長旅の疲れを微塵も感じさせないタフガイでございます。

 目にはレイバンの黒いサングラスに黒のベスト、同色の蝶ネクタイに同じ黒のフロックコートで長身の痩せた身体を包んでおります。白いのはYシャツだけで、足元に目を落としてよく見ますと、リーバイスジーンズの裾下のブーツの踵には、なぜか不思議に、カウボーイ愛用のウエスタン輪拍が装着されております。

 そして、なんと口の端に咥えたおりますのは火皿が大きめ、コーン軸の長さが30センチもあるというコーンパイプでございます。

 おもむろに、シルクハットを手に取って、長い距離を走ってきた印のほこりを袖で払っております。

 はて、どこかでみたような? そうです。マッカーサーではございません、だれあろうアメリカ16代大統領、エイブラハム・リンカーンその人でございます。

 助手席に乗っておりましたふたりもエレベーターを使って降りてまいります。だれだろう? と見ますと、叶姉妹ならぬマツコデラックスがふたり。エーッ! まさか、そう思われるのは無理もございませんが、よくよく目をこらしてみますと、なるほど、だれもが見覚えのある自由の女神嬢と、ふとした縁から仲良くなったという黄鬼のキー子の二人連れでございます。(つづく)