朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-20

  実を申しますと、気の毒にも亡くなった川漁師がこの大蛇ヶ淵で謎の生物を目撃したのは本当のことでございます。「大蛇ヶ淵」は先刻申しました通り迷路のように入り組んだ構造になっております。

 その奥深く、一匹のオオサンショウウオが棲んでおります。そこに棲みついて何十年、いや、はっきりしたことはだれにもわからないことですが、あるいは何百年とも知れぬオオサンショウウオなのでございます。

 日の光も射さぬ真っ暗闇の奥深く、その歳知らずのオオサンショウウオ、そこへ迷いこんでくるナマズやウナギなどを捕食して生きながらえているわけですが、待っていれば向こうから獲物がやってくるという生活が長く続き、身体を働かすということも一切なく、穴蔵の一番奥で石にでもなったように暮らしております。

 とそのオオサンショウウオ、ある日のこと長い眠りから覚めまして、自らの身体のことを顧みてある危惧を覚えたのでございます。

「このままこのような暮らしを続けていいのだろうか」という、これは人間だけが考えることだとお思いかもしれませんが、歳知らずのこのオオサンショウウオ、なぜかそう考えたのでございます。

 これがわたくしども人間世界のことでしたら食べることを控えるとか、スポーツジム「コナミ」へ行ってずらりと並んだジョギングマシーンで汗を流すという運動、もっと楽して痩せたいと言う人はキノコ紅茶などいろいろ方法はございますが、オオサンショウウオワールドはそうはまいりません。それに、食べることだけが唯一の楽しみというオオサンショウウオのこと、とは申しましてもこのまま食べて寝ての生活を長年続けていればどんどん大きくなって、いずれ、外へ出ることもならず穴に閉じ込められてしまうことになったらと、そう考えますとオオサンショウウオ、やはり後悔だけはしたくないという思いが頭をもたげ、それに、この生活も楽といえば楽なのですが人間、いや、オオサンショウウオとは申しましても少々退屈を覚えておりましたのも事実でございます。この長く住み慣れた棲み家から一度外へ出てみようと決心、重い腰を上げたのでございます。

 そうしてこのオオサンショウウオは、ここ大蛇ヶ淵の大岩の底に広がる迷路のような洞窟の奥深く、その一隅を終の棲家と定めて以来初めて、ここから抜け出したのでございます。

「アーーーウーーーウォー」

 低いうなり声とともに、ドラム缶のような尻尾をたわめて川底を蹴りますと一気に水面を突き抜けて2メートルあまりジャンプしますとすぐにバッシャーン! また再び水のなかへ。申すまでもございませんが、川漁師が目撃したというのは、この歳知らずのオオサンショウウオだったのでございます。(つづく)