朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-29

 さて、相変わりませずの余談道草でございますが、お付き合いのほどお願いを申し上げます。お釈迦様へのメールが、この老人の思わぬ方向へ展開したのは仕方ないといえば仕方ないことですが、とは言っても、お釈迦様を悩ます結果になった手紙を書いたというこの老人、生前はどんな仕事をしておったのかと申しますと、ある小さな、個人経営の運送会社の運転手をやっておりました。

 そこを65歳の定年で退職したのち、言わば第二の人生というわけで始めましたのが放置自転車に関わる仕事でございます。駅前や繁華街などでよく見かける光景でございますが通行の邪魔になるくらいに放置された自転車、この自転車のハンドルに黄色い紙札を巻きつけてホチキスで留め、自転車の持ち主に「駐輪禁止場所」の注意を促すという、一日3時間かそこらのパート仕事でございます。

 時折テレビや新聞などで取り上げておりますのでご存じの方もおいでやと思います。人通りの多い場所などではこの放置自転車、商店街や繁華街、また各自治体などの悩みのタネになっております。

 仕事中の身なりは申しますと勤め先から貸与されました黄色い上っ張りを着用いたしまして、同じ黄色のキャップ帽をかぶります。左肩から右の腰へと斜めにかけたショルダーバッグにはハンカチ、それに駅前でよく配っておりましたスポーツジムなどのティッシュ、そして仕事に用いますホチキスと、放置自転車に添付いたします100枚綴りの黄色い紙札、それに小銭入れがひとつ、足元は運動靴といういたってシンプルな、その姿格好であらかじめ指定された自転車放置禁止場所を巡回、自転車やバイク等の2輪車を、これから駐めようとしている人に出会いますと「ここは放置禁止場所ですから、駐輪場へどうぞ」という、一時間800円には届きませんが、この老人にとりましては退職後の人生、貴重な収入源なのでございます。

 この老人は週に四日(よっか)、このパート仕事が退職後の仕事だったのでございます。「りんりんパトロール」というのがこの仕事の名称なのでございます。

 さて、今は閻魔大王の前に引き出されておるわけでございますから、どうして、なにが原因で死んだのかと申しますと、これがどうも、死に様にもいろいろございますのは仕方のないところでございますが、滑稽と申しますか悲劇と申しますか、70歳の誕生日を迎えたその日の朝のことでございます。

 勤務場所でありますいつもの駅近く、アーケードのある商店街に入る手前のところを歩いておりましたところ、なにかが頭に落ちてまいりまして、「ン?」と思って見上げますと、電線にハトが1羽素知らぬ顔で留まっております。生憎と申しますか、運の悪い日はことごとく運に見放されるようで、この日もたまたま帽子を家に忘れて出勤、おまけに、いつもならこの下は「ハトのフン注意」で気をつけて通らないようにしておりました場所だったのですが、この老人、70歳になった感慨にふけっていたのか、うっかりその下を通ってしまったのが、運の尽きだったというわけで。

 そこで立ち止まればよかったのですがこのリンパト老人、見上げたまま歩いたものですから、これが老いの身の情けないところ、若い人ならなんとか防ぐこともできたのでしょうが、身体の重心が足の踵に集まっておるものですから、そのままドスン! 後ろ向きに転倒、したたかに後頭部をアスファルトの地面にぶつけたのでございます。

 いつもですと、履いております運動靴には滑り止めが施してございますからこのようなことは起こることはなかったのかもしれませんが、前の日に降った雨が当日の深夜に急に冷え込んで雪になり5センチばかりも積もるという、まことに運の悪い老人で。

 商店街の入り口で昇天とは、どうもお気の毒な話ではございます・・・(つづく)