朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』ー48

 弁天さんがお釈迦様の心の奥にお隠しになって「すべて世はこともなし」というようなおふるまいをなさっていたのにも関わらず、その憂いを目敏く感じたということはたんなる女の勘ではございませんで、お釈迦様にたいしてそれ以上の感情があったからでございます。

 これまで何度も申してまいりましたが、この天上界における100年ごとの賢人会議は、その実態と申しますのは飲めや唄えやの無礼講、お釈迦様は「しゃーちゃん」、イエス・キリストは「きーやん」と親しく? 呼んでも構わないというはちゃめちゃの催しなのでございます。

 その弁天さん、片時も離れることなくお釈迦様に密着、あれこれとそのかいがいしいことといったらほかにございません。しかし心のうちでは、お釈迦様が心のうちに秘めておいでになる憂いの正体を知ろうと、その機会を油断なく伺いながら、

「お釈迦様、お釈迦様ア~ア~ン、ン」と蜂蜜のような声を出しております。

 弁天さんのこの人目をはばからぬお色気攻撃にとうとう根負けをなさいましたお釈迦様、静かに談笑の輪からお離れになります。

 さてここは、石原裕次郎ではございませんが『二人の世界』でございます。

 弁天さんのお色気攻勢に「かなんなあ」とお思いになりましたお釈迦様、思わずひとつ、ためいきをお吐きのでございます。ところが運が悪いときはお釈迦様といえども重なるもので、そのためいきが弁天様の耳からうなじにかけてでございましたので、これはもう弁天さんといえどもたまりません。

「あ、あん、あ~~ん♡」と弁天さん、身体中トリハダをたてて失神、お釈迦様の胸ふところに倒れ込んでしまいます。

「ナ、なんじゃこら!」

 あわてておしまいになったのはお釈迦様のほうで、とっさにご自分の胸の中で失神しております弁天さんの半開きになった赤きクチビルをご自分の口で塞ぎ、いやいや、誤解のないように構えて申しますが、そんな意味でのくちづけではございませんで、お釈迦様、弁天さんのせいで手が塞がっておりますから思わず、弁天さんの艶なる「ア、ア~~ン♡」の声が外へ漏れるのを防がねばということで咄嗟になさってしまったキスなのでございます。

 あわてて口をお離しになったお釈迦様。それと同時に抱きかかえておりました弁天さんのキャッツアイのような目がわずかに開きます。これはお釈迦様も得意にされております半眼という、仏法のひとつで、うら若き弁天さんの半眼ですからその妖艶なこと。なんとか踏みとどまったお釈迦様、手の平は言うに及ばず足の裏まで冷や汗3斗(54リットル)で、どうも弁天さんのほうが一枚上手のようでございます。

「仕方がありませんな。あなたにだけ、お話しをいたしましょう」

 と、あなたにだけ、を強調いたしまして堅く口外を戒め、『蜘蛛の糸』にまつわる一件をお打ち明けになったのでございます。なんと、どこまでもお心やさしいお釈迦様ではございませんか。(つづく)