目覚まし時計
「ママン、目覚まし時計、鳴った?」
「さあ? 気づかなんだけど」
「寝る前に、6時に合わせてたんやけどな」
「6時? トイレにいったけど気づかなんだよ」
「おっかしいなあ? いま7時10分やろ。秒針も動いてるしな」
「普通に動いてる?」
「動いてる。なにも変わってない」
「見せてごらん。いや、動きがちょっと弱いな。秒針やからかな?」
「うまい! ママン、知らんまに腕あげたな」
「なんの話よ」
「分からなんだら、それでええわ」
「訊いてみたら。AI内蔵やろ?」
「そうそう、忘れてた。内蔵してたんや。訊いてみるわ」
「そうし」
「目覚まし時計ちゃん、なんで鳴らなかったの?」
「おとーさん、目覚まし時計にはえらいやさしいねんな」
「どういう意味や」
「どういう意味て、はっきり言うてるやないの」
「こいつな、いや、この子な、買うたときに店員に『やさしく扱ってください、AI仕様ですから』言われたんや」
「ああ、どうせわたしは、アナログやからな」
「ええやないか。ママンいつも言うてるやろ、便利は不便、アナログがいちばんやて」
「もうええわ。訊いたんか?」
「訊いてみるわ。なに? 鳴りました。ほんまかァ? ママン、その時間にトイレにいったらしいけど、聞いてない、言うてたで」
「知ってる? ママンがトイレにいったんを見ていた。なに? それ見送ったあとに鳴りました。ほんまかァ? 信じられんな?」
「なに? わたしはAI内蔵です? それ知ってるよ。高かったんや。なに? それ知ってるんやったら? わたしの言うこと信じられませんか? ママン、ママン訊いて、こいつ理屈言うてるで」
「おとーさんが好きで買うたんやろ。しゃあないな」
「冷たいなあ・・・なに? もういいですか?」
「なにも問題解決してないやないか」
「なに? そんな大層な問題か? しまいには怒るで、おまえの、いやいや、あんたの仕事、いやいや、アイデンティティーは、つまるところその時間になったらしっかりと鳴って使命、そう仕事というより使命やな、その使命を果たすというんが使命やないか」
「なに? アイデンティティーという用語は? そんなとこでは使わん? それに? 使命という単語を思いついたのが気にいったのか、多用が目立つ?」
「おまえに言われることはないわ。ほっといてくれ! なッなッ、正直に言うてくれ、おれかて間違いはなんぼでもある。AIいうても勘違いすることもあるやろ、なんでか言うて、拵えたんは人間やからな。別に大事な用があったわけやないし、どうってことないし、正直に言うてくれ」
「おとーさん、えらいヒートアップしてんな。チコちゃんみたいに、頭から湯気立ってるで」
「いま大事なとこや、だーッてて。そうか、正確に言うと、鳴らなかったんやのうて、鳴れなかった、ということかいな。どういう意味やろ? えッ? 停電? 停電かあ、それやったらしょうないな。それやったらそうと、言うてくれんかいな」
「ママン、なにか言うたか? えッ? かんけーない、なにが? 電池やろて? そうそう、電池やないかい。えーッ? 電池が停電してましたー? なに言うてんの? いまでも動いてるやないか。おまえ! ええ加減にせーよ、いごいてるのに停電やウソいうし、おまえの場合は電池切れ言うのがホンマやろ」
「なにッ? おれが? おれが停電言うたんでそれに合わせた? なに言うてんねん、ウソはつくし、それを隠そうとするし、なんでやろ? ママン、こいつあかんわ」
「おとーさん、なんとのう意味わかったわ」
「意味わかったて、なんの意味や?」
「AIのよ」
「AIの意味? なんやろ?」
「おとーさん、テレビで国会中継よう観てるやろ」
「ああ、、それとAI目覚まし時計とどんなかんけーあんの?」
「知らんまに覚えたんやろ」
「なにを?」
「全部言わんと、わからんか?」
「わからんなあ?」
「偽証とか隠蔽とか改竄とか、魑魅魍魎世界の言語が、飛び交うてるやろ」