37兆個
「ママン、ひとつ訊くけど答えてな」
「ええよ。言うてごらん」
「人間の身体は何個の細胞でできてますか?」
「またおとーさん、わけのわからんこと言いだしたな」
「いくつやと思う?」
「細胞てどんなんか見たこともないんで見当つかんけど、1コや2コではないやろ?」
「ケタが違うな」
「5千とか1万とか、いう意味?」
「まだまだ」
「わからん」
「言うたろか?」
「言うて」
「37兆、37兆個の細胞が集まって人間は出来てるんやて」
「赤ちゃんと年寄り、赤ちゃんと大人、痩せた人と太ったもおんなじやろか?」
「そやなあ? そこまでは聞いてないな」
「37兆いうたら、1コ1円として37兆円か、えらい財産やな」
「さすがママンや、うまいこと言うな」
「そやろ。おとーさんと私で、なんなん兆円になる?」
「んーと、60の、14の、74兆円やな」
「宝くじ買うのやめよか」
「ほんまやな。ケタがちゃうしな」
「その細胞がな、生まれて死ぬまでなんべんも入れ替わるらしいわ」
「入れ替わる? どういうこと?」
「ひとつひとつがずーっと生き続けること出来んので、死ぬ細胞もありゃ、生まれる細胞もあって、完全に入れ替わるのに7年ほどかかるらしい」
「ということは、どういうこと?」
「ママンもおれも、7年前とは別人になってる、そういうことらしいわ。知らんけど」
「なってないがな、わたしはわたし、おとーさんはおとーさん、一緒や」
「そうや、一緒や。ところがな、なんで一緒やないと思わんで済むかといえば、記憶が働いているから、そうやて」
「けど、その記憶するところいうたら脳やろ? その脳の細胞も死んだり生まれたりしてるわけやろ? それで記憶が残ってるて、わけわからん」
「そやなあ? おれもそこまではわからんわ。けどな、7年たったら細胞が全部入れ替わるんで別人になるのは間違いないらしい。それでな、別人になったんやから、借金も返さんでええ、そうらしいで」
「なるほどおとーさん、それが言いたかったんやな」
「笑うやろ」
「笑われへん」