蟻ん子・チエ
「この前、花見に行ったときアリがおったやろ」
「はあ、なんか引っ張ってたな」
「あれ、なに引っ張ってたか、訊いたんや」
「だれに?」
「だれに? て、アリによ」
「おとーさん、なんの話してんの?」
「アリの話やんか」
「そんなことはわかってるわいな。アリなんかにどないして訊けるの」
「夢のはなしや。夢や言わなんだか?」
「全然、そんなこと、初耳や」
「そうか、言うてなかったんか。言うたつもりでおったんやな」
「しっかりしてや。よう面倒見んで」
「なに引っ張ってんの? 訊いたら、『食料です』言いよんねん」
「ああ、食料にすんねんなあ思て、『なんの虫?』訊いたら、『それはわかりません』そう言うて、またとんがった口でくわえなおして、引っ張ろうするんで、『巣まで運ぶんやろ?』訊いたら、くわえたままで返事でけへんからアタマで、『そうです』いう合図したんで手伝うたろ思て、『手伝うたろか?』訊いたら、くわえた口放して『お願いします』、こないこと言うんで、ついでや思て『名前訊いてもええか?』言うたら『チエです』言うて、真っ黒けの顔、腰の手ぬぐいで拭いてんねん」
「おとーさん、病院行ったほーがええよ。夢かなんかしらんけど、おかしいで。ほんまに夢か?」
「ああ、夢や。こんなこと実際あるわけないやろ」
「そんな無茶な話あるかいな。アリがタオルで顔拭くなんて。そんな夢みたいな、いやいや夢やろけど、夢でもそんなことないで」
「ないでいうても、あるんやからしょがないやろ」
「それで手伝うたん?」
「そうや。アリも、食料や言うてる名前のわからん虫も手のひらに載せて、巣の近くで下ろしたったんや」
「お礼かなんか言うたん?」
「そのあとが分からんねや。憶えてないからな」
「変な夢見んねんな、おとーさんは。頭ん中どーなってるか、見てみたいわ」
「みんなと一緒やと思うけどな。まあ自分の頭ん中見たことないから、見てみたい気もないことないけどな」
「変わってるわおとーさんは」
「笑うか?」
「笑うかいな。笑われへんわ」