気になることと気にならないこと
「例えばのハナシやけどな」
「例えばて、なんのこと?」
「例えば松方弘樹がテレビに出てたとするやろ?」
「いろいろ出てるからね」
「あの人、もう亡くなりはったけど、釣りが好きやったやろ? それもゴーカイな釣り。マグロとかトローリングで釣る、あの鼻の先にヤリつけたバショウカジキなんか釣ってるとこテレビで観るけど、もうカオもウデも真っ黒けやろ?」
「おとーさんなにが言いたいの? ちゃっちゃっとでけんの? わたしもヒマなよーでいて、ヒマやないからね」
「そやな。スマンすまん。その松方弘樹がやな、時代劇に出てて立ち回りをするとするやろ? そしてやな、カタナをこういう具合に上段に構えたとするやろ?」
「まだかいな。ヒマない、言うてるやろ。もうわたしになんやかや訊かんで、最後まで言うて」
「わかった。おれも手探り手探り、考え考え言うてるんで、手間取るんや」
「人に話すときはちゃんと内容をまとめてから言うて。フーフやいうても、それ礼儀とちゃう。知らんけど」
「スマン。もうちょいで終わるからガマンしてな」
「・・・・・・」
「どこまで話したかいな?」
「モォーーッ、いらいらすんな、おとーさん! 松方弘樹のオサムライ、さっきから重たいカタナをアタマの上で持ったまま、どないしよー思てはるよ」
「それそれ、そやったな。とそのカタナ持った左ウデの手首のとこだけがシロかったとするやろ? ウデ全体黒いのに、なんでここだけ白いかわかるか?」
「意味わからん? わたしに訊かれても。おとーさんわかるの?」
「それな、腕ドケイ外した跡や」
「そう? そーいうこと? けどあのころ腕時計あったかァ?」
「いやいや、そこやがな。ないのはとーぜんやろけど、観ててな、そんなんが仮にあったとしてもやなあ、そーいうのが気になる人もいてるかもしらんけど、おれはそういうの、全然気にならへんねんねや」
「おとーさんの言うてること、なんかモーひとつしっくりせんのやけど。知らんけど」
「いやいや、言うてるおれもしっくりせんのや。ママンがしっくりせんのもしゃーない」
「なにが言いたいの?」
「そやさかい、早い話がやなあ」
「いっこも早やないやないの」
「テレビ観ててな、こまかーいことやけど、気になるとこと気にならんとこはあるいうハナシやけど、ママンは観ててやな、ここがおかしい、ここはヘンやな、思うことあるか?」
「わたしはそないなこと考えながら観ることないもん。ただ観てて面白いかつまらんかのどっちかだけやからね」
「まあ、それがいちばんえーのやろけど、性分やからなあ。つい思てしまうんや」
「それでおとーさんはどんなんが気になるん?」
「あれのどこが気に入らんの?」
「気にいらんことは、いやいややっぱり気にいらんのやな」
「どこなん? わたしはおもしろいよ。ああそーか、そー言えばおとーさん、『おしん』の前にやってるから、気にいらんのやな。しゃーないやろ、おしんとなつでは時代が違うんやから」
「時代が違うんはわかってるけど、『なつ』が松嶋菜々子と一緒に、なつのお兄ちゃんを捜すいうんでホッカイドーからトーキョーへ出て来るんやけど、なつが日替わりで着てる服を替えて出てくるちゅう、なんていうかファッション雑誌から抜け出たみたいでホッカイドーから出て来るときよっぽど大きなボストンバッグ持って来たんやろなと、皮肉のひとつも言いたなる、そんなんがミョウに気になるんやな」
「そう? わたしはそんなん全然気にならんし、思たこともないわ」
「いやいや、ママンはそれでえーねん。おれのハナシや」
「ほかにもなんかあるんちゃう? おとーさんのこっちゃから」
「おとーさんのこっちゃからは余計やで。けど当たってるわ。水戸黄門なんか観てるやろ。それで、よかったよかったいう場面で、まわりの人がみんなでパチパチと拍手する場面があるやろ?」
「そんなんあったかな?」
「それがあったんや、この前」
「そこのどこがおかしいの?」
「江戸時代のころ、そんな現代みたいに拍手なんかが日常的にやってたんやろか思て調べたら、なかったんやなあやっぱり」
「そう。けどおとーさんもゴクローなこっちゃな。重箱の隅つつくみたいなセーカク、なおしたほーがええよ。長生きせんで。知らんけど」