ビー玉のむこう
「ママン、これ」
「なに? ビー玉やないの。どないしたん?」
「もう着らん服、そろそろ整理しよ思て」
「こうして出してみると、おとーさんもよーけ服あるんやな」
「ああ、死ぬまで買わいでもえーわ」
「ハハハ、わたしも整理せなあかんのやけど、ちょっとづつしか捨てられへん」
「そらしゃーないわ。いろいろ思い出のもんもあるからな」
「そやねん。おかーちゃんに買うてもろたもんとか、形見の着物とか、もう着ることないんやけど、タンスの肥やしになってるわ」
「ほんまやな。えーやんか、それはそれで」
「きれーなビー玉やな。どっから出てきたん?」
「この冬もんの、背広のポケットにな、入ってたんや」
「これまだ持ってたん、おとーさん。もう何十年も着てないやろ」
「何十年はオーバー、いやいや背広やけど、10年以上着てないのは確かやな」
「これも整理すんの?」
「そのつもりやけど」
「まだいけるんと違う?」
「着るか? あげるよ」
「なんでわたしが着るの。おとーさん着たらええのに」
「冬もんやで。こんなんいま着たらアセモがでるわ」
「だれもいま着ィ言うてないやろ。冬になったらのハナシやないの」
「痩せたからな。ブカブカやねん」
「肥えたらえやないの。間にあうよ」
「まるで軍隊やな」
「グンタイてなんやの?」
「服にカラダを合わせる、いうハナシや」
「おとーさん、どんな遊びしてたん?」
「なんのこと?」
「これこれ、ビー玉」
「なんや、もうハナシ変わってんの?」
「ボーッとしてたらアカンで」
「ママンはどんな遊びしてたん?」
「女の子はゴム跳びとか石蹴りとかケンケンパーとかしてたけど、おにいちゃん箱イッパイメンコとかビー玉とか持ってたんで、わたしも男の子に混じってやってた」
「元気やったんやな」
「おにいちゃんが泣かされたとき、その子ら、わたし竹の棒もってタタキに行ったもん」
「今とはえらい違いやな。けど怒らしたら竹の棒か」
「気ィつけや。きれーやな。オレンジ色の風グルマみたいなんが中に入って。これより大っきいのとか小っこいのとかも、あったやろ」
「あったあった。おれの家、じーさんとばーさんが駄菓子屋の店やってたんで、売ってたからな。1個50銭か、そんなもんの値段やったと思う」
「こんなもんがなんでおとーさんの背広に入ってたんやろなあ?」
「仕事の行きか帰りか、どっかで拾ったんやろ」
「おとーさん、また捨てられんもんがひとつ、増えたな」