イナカのバスは・・・・
「久しぶりに聞いたなァ、この歌」
「わたしも」
「いくつやったやろ」
「まだ小学校のころや思うよ」
「そやろなあ。ママンはコーベ生まれの街の子ォやからデコボコ道なんか知らんと思うけど、おれイナカやろ。ほんまにデコボコ道。座席からぽんぽんケツが浮くからな」
「おとーさん、ヒンがないよ。おしりといいなさい、おしりと」
「それでも、バスに乗るなんてメッタにないからな、わざと一番揺れるコーブ座席に乗って喜んでたな。あれ知ってるか? ママンは」
「あれってなによ?」
「木炭で走るバス」
「モクタンてなに? 炭のこと?」
「そう、炭や。ガソリンが不足、というより無かったんやろな。木炭燃やして走ってたらしいで」
「おとーさんも知らんの?」
「当時、だったらしいけどな、憶えがないんや。ボーッとしてたからな子供のころ。いまでも似たり寄ったりやけど」
「火事にならんかったんやろか?」
「なったこともあるんとちゃうかな」
「あのころは車掌さんがいてたやろ」
「そや。バスガールが女の人のあこがれの職業やったんや。修学旅行やなんかでちょっとマセた男の子が、乗ったバスの車掌に手紙書いたりしてな」
「おとーさんもしたん?」
「おれはまだそのころは、イロケより喰い気やったからな」
「やったんちゃうの」
「せーへんせーへん。コロンビア・ローズの歌もあったやろ? 知ってるか?」
「知ってるよ。『東京のバスガール』やろ」
「ウン。あれと『田舎のバス』の車掌さんとは全然ちゃうな」
「そらそーやろ。トーキョーとイナカやから、しゃーないわ」
「乗ってる客もちゃうしな」
「どない違うの?」
「トーキョーのほうはな、『酔ったお客の意地悪さ』やろ? 『いやな言葉で怒鳴られて』や」
「ハハハ、ほんまやね。『イナカのバス』は?」
「なにがあっても怒らへんねん。デコボコ道はしょがないけど、パンクしよーが、エンストしよーが、道にウシがねそべっとろーがお客さんは温和しいもんや」
「なにが違うんやろ?」
「わからんか?」
「わからん」
「それ~はわ~たしが美人だか~ら、や」
「あきれるわ」