カシコなってんのかアホんなってんのか(靴の話)
「おとーさん」
「なに?」
「クツそろそろとちゃうの?」
「そろそろてなに?」
「白いクツ、もう10年履いてるんちゃうの?」
「10年はちょっとオーバーやで」
「そうかなあ。もうだいぶ、くたびれてるんちゃうの?」
「まだまだこれからや。ママンに買うてもろた、あれやろ?」
「買うてもろたなんて言ーな、みずくさい」
「けど買ーてもろたんは事実やろ。親しき仲にも礼儀ありや」
「なにが親しき仲やのん。もうやがて50年やで」
「そないなるかあ。思われんな」
「子供の歳考えたらわかるやろ。今日買いに行こか?」
「買うてくれるの?」
「なんやのん、ケチくさいな。そんなんじゃシュッセせんで」
「してないがな」
「行こ行こ」
「まだえーわ。これからモト取ろか思てんねん」
「これからモト取る?」
「そーや。この仕事始めたときにママンに買ーてもろたんや、イズミヤで。チラシ見て500円の割引ついてわ、チャンスや言うて」
「よー憶えてんねんなあ」
「それがおれが65歳で会社辞めて、しばらく失業保険貰ろて、そのあといまの仕事に就いたときやから、そーか、10年にはならんけど9年にはなるか」
「そやろ。見てみーな。いつまでも履いてたら見苦しーで。おとーさんお公家さんみたいなカオしてるさかい、よけー見苦しいで」
「アホやなあ。それがえーねや。なんともいえん、哀れなフゼイがあって」
「アホらしいもう。さーおいで、買いに行くで」
「ちょっと待って。減価償却の計算してみるわ」
「なんやのん、ゲンカなんとかて?」
「なんぼやったかはっきりとは憶えてないけど、3500円としてやな。1日1円積み立てるとして1年365日やから365円やろ」
「9年履いてるんやろ?」
「そう9年やな。ママン、計算機持ってきて」
「ハイ、これ」
「ありがと。カチャカチャ、カチャカチャ。んーと、3285円やな」
「ほら。1日1円にしても、もーじゅうーぶん、もと取り戻してるんとちゃう?」
「そやな。けどこれな。1円づつ積み立てとったいう計算やからな。積み立ててないやろ? 別計算で、クツ代としてやで」
「してないとアカンの?」
「そらアカンに決まってるやろ。ドンブリ勘定になってしまうやないか」
「そしたら、どないしたらえーの?」
「これから積み立てるんや。あのクツな、頑張ってあと5年履くわ。それでな、逆計算すると、日に2円づつ積み立てると、5年後に買えるいうけーさんや」
「もー勝手にしーな。言ーとくで。生きてるかどーか、わからんで」
「そしたら、よけーに浮くやないか」