サルスベリの花が咲いた
「ママン、来てごらん」
「なに?」
「サルスベリ」
「花咲いたね」
「夏の花やな、サルスベリ」
「そやで。知らんかったん?」
「知らんかったわけやないけど、『ああ、夏の花やったんや』て、初めて意識したよーな気ィするな」
「そう? わからん」
「イナカの家にもあったんや、サルスベリ」
「イナカの家て、あのイナカの?」
「そうそう、あのイナカの家」
「『おれほんまに生きてるんやろか?』 疑うことがあるな。夜中に目が覚めて寝られんときなんか、しょっちゅうやないけどな」
「大丈夫か、おとーさん。生きてるに決まってるやろ」
「ほんまは死んでて、いやいや、死んでるんかどーかもわからん、催眠術かなんかにかかって、別なおれがいまのおれをどっかから眺めて『おまえ、生きてるつもりでおるやろけど、それはな、マボロシなんや、実体とちゃう』そないなことゆーてるんとちゃうか、思うんや」
「大丈夫か、おとーさん。しっかりしーや。なんでそないなこと思うの。あきれるわ」
「東野英治郎の黄門さんがな『歳取ると疑り深うなる』ゆーてたけど、こーゆーことやろか」
「そーなんやろか? 違うよーな気もするけど」
「ママンはそんなこと考えんか?」
「疑り深うなる、ゆーこと?」
「そう。若いときと比べてやな、疑り深うなることて、意識したことないか」
「逆や逆。おとーさんと結婚してからやな、いろいろあったからな、カネのことやなんか。若いときとゆーても結婚するまえは別やで。一緒になってからや、疑り深うなったんは。うまいことゆーたり、気がついたときはそーなってたり、えらい目におーたわ」
「・・・・・」