朝ぼらけジジイの寝言つれづれに

夜中に目が覚めて、色々考えることがあります。それを文章にしてみました。

落語『蜘蛛の糸』-1

 いっぱいのお運びで、厚く御礼を申し上げます。しばらくのあいだ、お時間を頂戴いたします。

 わたくし、集合住宅の七階に住んでおりまして、先日のことですが、あんまり天気がいいんでベランダに出まして、あれはなんというんですかね、転落防止用の柵。あのてすりのところに、このように頬杖をついて、ボーッと空を眺めておりました。雲ひとつないいい天気で。見上げた青空の、もうひとつ高いところに一本の白い線が見えまして「ああ、飛行機雲やな」とすぐにわかったのですが、その白い線の先っぽに豆粒ほどの物体が見えます。あれは随分と高いところを飛んでいるんでしょうな、音はまったく聞こえませんで、時々、キラッキラッと光っては左へ左へと進みながら、そのお尻から白い煙を吐き出しております。

 実際はあんな白いもんを吐き出しておるんやないそうですが、見てるとそう見える。そのうち飛行機は見えんようになって、一本の白い線だけが残るという。

 

 そうしてボーッと空を眺めておりますうちに、フーッとそういえば最近、最近といいましてもあれはいつだったか、もう記憶にないくらい以前の最近のことですが、蜘蛛、空の雲やのうてあの脚が8本ある昆虫の蜘蛛のことですが、あれ、テレビなんかでは観ることもあるんですが、もう永いこと見てないなあと、フッとそう思い出しましてね。

 いや、正確に申しますとね、見てるんです。家の中におるやつ、ハエトリグモ、どこから入ってくるのかわかりませんが、ちっちゃい、あずき豆に手脚つけたような大きさで、部屋の白い壁なんかにへばりついているのをたまに見かけるんですが、家内が見つけて「クモは殺したらあかんよ」言うて、なんでや? 訊きますと「あれ縁起がええねん。特に朝のクモは縁起がええんよ」。なんのことやらさっぱりなんですが、まあそういうことで。一方では「おとーさん、おとーさん、はよはよ、ゴキブリゴキブリ、ほら、そこそこ、ちゃうちゃう、こっちこっち、そのゴミ箱の左のほうの隅やがな・・・あーあ、逃がしてしもうたがな。おとーさんなにしてんねんなモー」。急にウシに変身してしまうんですが。

けど不思議ですなあ。あのハエトリグモ、どないして生活してるんですかねえ。昨今は家の中でハエ見ることほとんどありませんから。

 わたしが子供のころと申しますと昭和二十四、五年ごろから三十四、五年ということで、まだ戦後の名残りいうのがありまして、ぎょうさんいてましたハエ。いまでは考えられんくらい、いてました。母親についでもらったご飯の上にたかるぐらい。それでも平気で食ってました、手で追い払うて。ご存じの方もおいでや思います。

 若い人はご存じないと思いますが、ハエ取り紙とかハエ叩きいうもんが商品として売られておりました。これくらいのB4の紙くらいの大きさの、表面に茶色いべたべたしたもんが塗ってあって、そこへハエが止まるとアウトいうやつで。もうひとつはリボン状になったやつでしたな。引っ張り出すと四、五十センチも螺旋状に伸びて、これもまたおなじ茶色いべたべたしたもんがうら表に塗ってあって、当時の魚屋さんなんかにはこれが何本も店先に吊ってあったんを憶えております。

 魚屋さんといえば、普通のハエよりひと回り大きなキンバエとかギンバエとかいうのもいてました。ギンバエといえば発祥は横浜やそうで、いちじは随分と流行ったんやそうですな全国的に。

 まあそんなことで、畳の上にこう腹ばいになって、ハエトリグモの目線に近づいて、ハエを狙ってるのをよう見たんを憶えております。こまかい世界とはいえ、あれはあれで立派なハンティングやったなと、いまになって思うんですが、ワクワクして見てたもんです。