ありがたくあついあついといいましょう
「ありがたく、あついあついといいましょう、ほらすぐそこに、さむいさむいが」
「なに、おとーさんそれ。なんかのおまじない?」
「いや、おまじないやないけどな。生きていくうえのささやかな知恵やな」
「どういうことよ」
「毎日毎日、この暑さや。この歳んなると、外出るんもいやんなるやろ。というて、家に閉じ籠もっててもクーラーで身体、おかしいになるやろ。ママンとおれと二人でそれこそおまじないみたいに『暑い暑い』と愚痴っておっても、しょがない思てな」
「そらそうやろけど、けど、黙っておってためこむより、愚痴でもええから言うたほうがええらしいよ」
「なるほど、そら一理あるな。まあ、おれが言うてんのはな、この歳や。歳からいやあいつ死んでもおかしない、というて自分ではまだ死ぬ歳やない、思てるで。でも、死んでおかしない歳には間違いないやろ?」
「おとーさん、またややこしいこと言いだしたな。どないしたらそないな糸がもつれたような話にすんの。もっとわかりやすうにズバッと言うてよ」
「そやな。ズバッと言わなあかんな」
「そう、ズバッと言うて」
「『暑い暑い』言うても、今年かぎりかもしれん、『寒い寒い』言うても今年かぎりかもしれん、そやろ? それやったら愚痴で言うんやのうて『ありがたく』、『暑い暑い、寒い寒い』言うたほうがええのかなあ、思てな」
「そう、そういうこと。そないに、うまいこといきゃええけどな」