それがわかれば苦労はしない
「おとーさん、明け方にえらい歯ぎしりしてたよ」
「そうかあ。ユメ見てたんや」
「どんなユメ?」
「怖いユメやった。山の広い石切場みたいなとこでな、大きな石を背負わされるんや」
「へええ、怖いユメやなあ」
「そやろ。その石をやなあ運ぶんや。ぼた山みたいな瓦礫の山があって、その上に持って登れというわけや」
「ぼた山て、あの石炭採るとこにあるあれやろ」
「それそれ。踏ん張っても足はズルズル滑るしな。やっとこさ頂上まで行って下ろして戻ってくると、また同じことの繰り返しや」
「なんでそないなユメ見たんやろな」
「わからん。ユメやからな。それでとうとうギックリ腰んなって、腹這いになったまま起き上がることもでけへん」
「それやったらもう、でけへんやろ」
「そんな甘いもんやないねや。ムチ持ってな、背中ビシッ! ビシッ! や。『運べ』いうわけや。けどユメやからな、運べるわけや。背中に背負うて、カメみたに這うて瓦礫の山登るわけや」
「ユメとはいえ、なにか憑いてるのとちゃう?」
「かも知れんなあ。それでスキをみて逃げ出すんやけど、隠れてるとこ見つかってしもうて引きずり出されたとこへ、ところがな、そこへ東野英治郎の黄門さんが、助さん格さん、それに風車の弥七、もうひとり、あれはなんやったか、なんとかの八兵衛が通りかかったんで助かった思たんやけど、それがそやなかったんや」
「そやなかったって、助けてくれたんとちゃうの。助さん格さん、弥七はどないしてたん」
「黄門さんの後ろでなにも言わんと見てるだけや」
「ユメとはいえ、けど見てるときはユメや思てないからなあ」
「そう、ユメやわかってたら、オレも歯ぎしりせんで済んだかもしらんけどな」
「助けてくれんかったわけや」
「それで見たら、黄門さんの人相が東野英治郎から他の人の顔に変わってたんや」
「だれに?」
「だれにて、黄門さんのドラマ、悪役で何度でも出てる人がおるやろ」
「はあ、いてはるわなあ」
「遠藤辰雄やろ、吉田義夫やろ、藤岡重慶やろ。いやいや悪役の俳優だけやない、だれやったか口のあたりが政治家のだれかに似てたな。そんなんがごっちゃになった怖い顔でオレを睨んで『観念せい! お前の悪事は露見しておる、 磔獄門、遠島を申しつける』こない言わはんねや」
「そんな無茶なことがあるかいな」
「そう思うやろ。けど、ユメやからな」
「なにも悪いことやってません、言わんかったん」
「言うたよ。必死で言うたけど」
「あかんかったん」
「そう、悪いことしてたんやったら言うてください、言うたら」
「言うたら」
「『それがわかれば苦労はしない』言われてな。問答無用いうやつや」
「ひどい話やなあ。ひどい話やけど、ユメでよかったやん。けどそないなケッタイなユメ見るいうんは、身体どっか悪いんとちゃう。診てもらいや。いやいやいや、これ身体やのうてココロや。そうやココロや、おとーさん、なんかわたしに隠し事あるんとちゃう?」