パキスタンから、やと
「わたしは真っ赤なリンゴです~ お国は遠い北の国~」
「大きな声で、ビックリするやないの。どないしたんよ、おとーさん。なんかあったん。まる聞こえやで、お隣。まだ朝やで」
「いや、この歌思い出したからな。唄になってたか」
「なってるもなってないもないやないの。わかってるやろ自分で、訊かいでも」
「やっぱりそうか。なにがあかんのやろ。ミミかノドか、コエか、なにがあかんのかな」
「ひとつだけやないんちゃう。知らんけど」
「来年は75やからな。いまからなんとかしょ思ても無理か。手遅れやな」
「そんなことないやろ。いけるかもわからん。やってみたら」
「上げたり下げたり、オレはエレベーターか」
「ハハハ。おとーさんらしいて、ええわ」
「このオレンジ、どこ産か知ってるか?」
「熊本?」
「ちゃう」
「和歌山」
「ちゃう」
「わかった。愛媛や」
「ちゃう」
「えッ? ほか、どこあるやろ?」
「わざわざ、オレンジ言うたやろ」
「えッ? カリフォルニア?」
「まあ、オレンジいうたらな。有名やからな、カリフォルニア。じゃないねんな」
「どこよ?」
「パキスタン」
「パ、パ、パパキスタン!」
「さんまか」
「ハハハ。パキスタン。どこあんの、それ」
「知らん。地球儀あったやろ。持っといで」
「どこあった?」
「お仏壇の部屋」
「どこなん?」
「これこれ、これがインドやろ。この左上、ここ」
「こんなとこから来てんの、このオレンジ。アタマがついていかんわ。おとーさんが唄うた歌みたいに、箱に詰められ汽車ポッポやのうて、船やろか?」
「船やろな。1個98円やで、飛行機ではないな」
「向こうで買うたら、ナンボなんやろな」
「10円か、そこらやろな」
「そやろねえ」
「お国は遠い北の国いうやろ、さっきの歌」
「あれ、なんという歌?」
「『りんごのひとりごと』や。1940年やから80年ほどムカシやな」
「当時リンゴは青森やろ?」
「そやな。青森やろな。『お国は遠い北の国』やで。青森が当時は遠い北の国やからな。当時から考えたら、パキスタンのオレンジ、カナダの数の子、アフリカのタコ。考えられんな。ここにほれ、コープのチラシがあるやろ。みてごらん」
「なにこれ? スモークサーモン、原産国チリ、こっちはロシア、本マグロ中トロ、マルタ産、マルタてどこにあんの?」
「知らん。けど有り難いハナシやな」
「ほんまやね。知らんけど」